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2011年8月28日日曜日

募集中:第6回救援ボランティアと救援物資

救援ボランティア募集
期  間
9月2日(金)朝出発〜5日(月)夜帰着
活動地域
福島県いわき市
内  容
被災者訪問(支援物資届け)や被災家屋の片付けなど
宿  泊
日本共産党いわき復興共同センター
費  用
朝夕の食事と入浴などは自己負担をお願いします
出発日の集合場所と時間
午前8時、日本共産党兵庫県委員会事務所(神戸市兵庫区新開地3丁目商店街)
申込方法
お近くの日本共産党事務所にある所定の申込用紙でご応募ください
受付後、県委員会から詳細をお知らせします
(定員になりしだい締め切ります)

救援物資募集
  • お米、食料品、ミネラルウォーター
  • 石鹸、洗剤、タオル類
  • タオルケット、秋物衣料
  • 暖房器具


2011年8月27日土曜日

日本共産党兵庫県委員会が地方議員研修会

福祉と防災のまちづくりと住民の期待にこたえる大きな党づくり


日本共産党兵庫県委員会は八月十九、二十の両日、たつの市内で県内の全地方議員を対象にした研修会を開きました。

岡正信県委員長が「大震災・原発問題と日本共産党の役割」と題して基調報告しました。

岡県委員長は、阪神・淡路大震災以来のたたかいが、東日本大震災での災害援護資金の特例措置(保証人なし、返済免除の拡大)や「二重ローン」対策などにも反映していることを紹介。ひきつづきボランティア活動をはじめ救援・復興闘争に正面からとりくむことをよびかけました。

地方政治のあり方にふれ、「東日本大震災は、これまでのとりくみ姿勢や努力、規模や水準では、住民の命と暮らしを守る地方自治体の根本的な使命を果たしきれない現実を示した」と指摘。福祉と防災のまちづくりへ、「ふさわしい内容と規模、立場で前進させるためにも、積極的にとりくんでいこう」と力説しました。

「党勢拡大大運動」でも、国民の認識の大きな変化をとらえた奮闘を呼びかけました。 これを受けて、県議団をはじめ七つの議員団が住民要求実現のたたかいと「党勢拡大大運動」の活動と決意を報告するなど、交流しました。
党中央政策委員会の佐藤洋氏が「原発ゼロの合意をつくり、自然エネルギーの本格的導入を」と題して記念講演。

佐藤氏は、ドイツやデンマークなど自然エネルギー促進の先駆的なとりくみや、高知県梼原町、岩手県葛巻町、各地の「土地改良区」による農業用水を利用した小水力発電のとりくみなどの事例を紹介しながら、自然エネルギー拠点としての自治体づくりを呼びかけました。

そのために、①地域資源をさがして活かす②地域のエネルギービジョンをつくり共有する③住民の共同で自然エネルギー推進の政策・運動をすすめる④人材をみつけ育てる⑤既存の制度の活用と必要な制度創設―などにとりくむことを強調しました。地域の風力や水力の活用をはかるための「風の地図」や「小水力エネルギーマップ」づくりなども紹介しました。
研修会では、専門家を講師にした「兵庫の国保問題」「公契約条例」「自然エネルギー」「ニュースづくり」の四つの分科会や高校学区統合問題の交流会、女性議員、若手・新人議員の交流会もおこなわれました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

高校学区拡大案:反対の声急速に広がる

公立高校の通学区域を現行の十六学区から五学区に統合・拡大する案に対し、反対の声が急速に広がっています。
全県五学区案は、県教育委員会が設置した高等学校通学区域検討委員会がことし六月末に発表した「素案」によるもの。入試制度を全学区で複数志願制とし、現在の中学一年生の受験時から実施するとしています。 なお、昨年四月に同検討委員会が発表した「中間まとめ」では、学区を広げる方向が示されていたものの、具体的な学区数はしめされていませんでした。

パブコメ2362通:「懸念の声多い」と県教委

 県下七カ所で開かれた「素案」の説明会では、どの会場でも「高校が遠くなって通えなくなる」「通学費の負担が増える」「地域の高校がなくなるのではないか」「競争がはげしくなる」と異論が続出し、後に「賛成の意見を言ってくれそうな人がなにも言ってくれない」と県教委がこぼす場面もあったといいます。

素案の発表と同時に実施されたパブリックコメント(県民からの意見募集)には、二千三百六十二通にのぼる意見が寄せられました。教育関係のものでは異例の多さです。 兵庫の教育をよくする県民会議など運動団体のほか、連合の教職員組合も意見提出を呼びかけたことや、地域によっては学校長がPTAに「反対の意見を出してください」とのべるなどの動きもあったことが反映していると見られます。

県教委は、集計中として、まだ内容を発表していませんが、県議会文教常任委員会では「懸念の声が色いろ出されている」と認めざるをえませんでした。

市町長や市町議会からも異論続出

市町議会や、市町の首長・教育委員会による、反対の発言や動きも相次いでいます。

明石市では、市長自らが説明会に参加し「半世紀ぶりの改革をなぜこんなに急ぐのか」などと発言。七月二十七日には、市長・市議会議長・教育長と連名で学区再編に反対し明石学区の維持を求める意見書を提出しました。さらに、県教委に意見書を出している他の首長に意見交換会の開催を呼びかけています。

連合PTAなどが地域住民数万筆の署名を集め、三市二町が要望書を出した但馬地域では、八月十一日に開かれた知事を囲む地域づくり懇話会で、豊岡市・養父市・香美町の各議会議長が学区問題で発言。「地域住民の願いを尊重していただきたいという私たちの要望がまったく活かされておらず素案に大きな驚きとショックを受けている」(豊岡市議会議長)、「地元高校への進学が難しくなり…生徒・保護者の精神的経済的負担は増大し…人格形成上大切な自主活動も制限される」(養父市議会議長)などと批判しました。

反対や慎重審議を求める意見書は十七市町議会にのぼっています。

これらの動きをふまえ、日本共産党県議団は、八月四日、県教委に「二〇一四年度からの通学区域の変更を行わないこと」「見直しの必要性も含めて、地域ごとに生徒・保護者・地域住民・教育現場など、県民参加のもとで議論を行うこと」などを求める申し入れを行いました。

学習と対話広げ反対運動強めよう

こうした中で、県教委は学区拡大を急ぐ理由をまともに説明できず「全国的な流れになっているから」としか答えられなくなっています。

しかし、「いつまでも議論だけやっていられない」(県議団の申し入れ時に教育長)として、十月には検討委員会で最終報告をまとめ、今年度中に決定しようとしています。

これに対し、各地域での学習会・集会の計画や、高等学校教職員組合などの自治体キャラバンなど、反対のとりくみも強められています。

八月十九、二十日に行われた地方議員研修会では、学区問題に関する交流会が持たれ、「素案の中身を知らせ、地域の学校を守ろうと父母や住民との対話を強めなければ」「PTAや学校との懇談を進めたい」など今後のとりくみについて活発な討論が交わされました。

議会内外で、日本共産党と父母・学校関係者や地域住民と連携したとりくみを強めることが求められています。


学区統合案
現行通学区域新学区案
神戸第一・芦屋(4校)
神戸第二(5校)
神戸第三(7校)
淡路(3校)
神戸・芦屋・淡路(19校)
尼崎(6校)
西宮(6校)
伊丹(7校)
宝塚(4校)
丹有(6校)
阪神・丹波(29校)
明石(5校)
加印(7校)
北播(8校)
播磨東(20校)
姫路・福崎(12校)
西播(8校)
播磨西(20校)
北但(4校)
南但(3校)
但馬(7校)
16学区5学区

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

救援ボランティアレポート(第5回)福島県いわき市

被災者の将来不安に耳を傾けて


日本共産党県常任委員 門屋史明

日本共産党兵庫県委員会の第五回救援ボランティアは、八月十九日に出発し、二十二日に帰神しました。中学生~大学生などの若者から六十代まで総勢十四人で福島県いわき市の日本共産党ボランティアセンターで活動してきました。

二十日は作業班と聞き取り班に分かれて活動、二十一日は、雨のなか、雇用促進住宅と仮設住宅での聞き取りを行いました。

作業班は、八月二十七日に地域で行われる久之浜復興祭の会場のがれき処理やゴミの分別、ガラスや陶器の破片などの撤去などを行いました。子どもたちも楽しみにしているという祭りの会場なので、細かなガラスなどもていねいに処理してきました。

初めて参加した大学二年生の北垣健太(20)さんは、「道で会った人に、『ありがとう』と言われてうれしかった」と話し、四回目の参加となる玉田将悟さん(24)は、「久之浜では三回目の作業となり、少しづつ片付いている様子がわかった。これからも復興に進んでいく様子を見ていきたい」と語っています。

 双葉町に住めないのなら代替地や家の提供を


聞き取りでは切実な声や要望がたくさん寄せられました。

雇用促進住宅では、原発から三㌔㍍地点という双葉町の夫婦とその息子さんと二時間半にわたって対話になりました。

妻のAさんは、「地震のときは体育館に逃げたが、恐怖と寒さで気が狂いそうだった。翌日の朝、水素爆発が起こって何が何だか分からないままさらに避難。すぐに帰れるだろうと思ったのに帰れない」と話し始め、「看護師の娘は、水素爆発の時、外で患者をヘリコプターに乗せていて、灰もかぶった。被曝量を調べて大丈夫と言われたが、本当か?」と不安げに語りました。 また、「田んぼもしながら友だちと話して楽しい生活をしていたのに、故郷でそんな生活が望めないなんて、無念でならない」と目に涙をうかべて訴えました。

息子のCさんは、「一番困るのは、双葉がどうなるのか見通しがまったく示されないこと。住めないなら住めないと言って、代替の土地や家を提供するなりしてほしい」と国や東電への要望も話しました。

夫のBさんも、「ここに入るのにも一苦労だった。アパートを探しても何もない。空いている賃貸もあったろうに、市がほとんど借り上げて、私らにはまわってこなかった」と無念な思いを語りました。 原発署名をよびかけると、「実は、身内に東電に務めているものもいるが、原発はいらない」と三人そろって応じてくれました。

仮設住宅では孤独感の訴えも

仮設住宅でも将来への不安が寄せられました。 津波で家を流されたという女性は、「できれば元の家に帰りたい。でも市は、建て直しなどは『ちょっと待って』とストップをかけられる。復興のプランが示されないので、どうしたらいいのかまったく見通しがたたない」と語りました。

また仮設の生活では「周りとの交流もなくさみしい。集会所があるのに使えない」と切実な思いも話されました。救援物資のタオルを手渡すと、「ありがとう。共産党さんにはいつもお世話になっています」と話しました。

聞き取り活動の中では、「夫と息子を亡くした」と涙ながらに話される姿にふれ、言葉に窮することもありました。

先の見通しがもてないまま、不安な思いを抱えている被災者の声や実態をよく聞く活動がより大切になっているし、寄せられた党への期待を受け止め、被災者の生活再建を基本にした復興をすすめていくことがあらためて求められていることを実感しました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

明石革新懇が第8回総会

明石革新懇は八月二十日、第八回総会を開きました。


前年度の活動報告と決算を承認したのち、二〇一一年度の活動方針を論議。全国革新懇三十周年記念総会で確認された「東日本大震災や福島原発事故から立ち上がり新しい日本をめざすために革新懇運動の新たな飛躍が必要になっている」ことを確信として、①明石駅前再開発問題②原発からの撤退、自然エネルギーの本格的導入を求める③普天間基地撤去、核廃絶、平和な日本をめざすこと―などの具体的課題にとりくむこと、「革新懇づくり」では、全国ニュースの普及、明石革新懇ニュースの年七回の定期的発行などを活動方針として決定しました。

 また、入山明氏、若林正昭氏など六名の代表世話人、事務局体制を確認しました。

湯原季一郎=明石革新懇)

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

原発問題を考える:三田革新懇

三田革新懇は学習会「福島原発事故から考える地震列島の原発とくらし」を八月二十一日、三田市総合福祉保健センターで開きました。

講師には、元関西電力労働者の速水二郎氏を招きました。 速水氏は、一九六〇年当時、科学技術庁が原発事故による被害額を試算し、その額は国家予算の二倍にのぼるとされながら、一部のマスコミの報道にとどまり、お蔵入りなっていたことを紹介し、原発はけっしてクリーンでも安全でも、「安い」エネルギーでもないことを強調。 さらに、福井原発で事故が起これば八十㌔㍍圏内の三田市でも甚大な被害が生じることを警告しました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

市民病院問題で学習会:明るい加古川市をつくる市民の会

八年ぶりに活動を再開した『明るい加古川市をつくる市民の会』が八月二十日、「地域医療を守るための市民病院問題学習会」を加古川市民会館で開きました。

 兵庫県自治労連の今西清書記長が講演し、日本共産党加古川市議団からも病院存続に絡んだ活動報告を行ないました。

 今西氏は「この運動は市民のみなさんが、一人一人のための医療をつなぎ止める闘いなんです」―と話を切り出し、加古川市が進める病院統合・再編計画の問題点を指摘しました。その問題とは①旧加古川市民病院(現・西市民病院)と旧神鋼加古川病院(現・東市民病院)とはもともと全く別の性格を持った病院でそれを統合し公立病院へ強引に近づけるもので無理があること②軽い病気では受診できなくなること(二次医療専門)③入院が二週間を越え慢性期に入った患者は退院を迫られる―などをあげました。 最後に「経常利益重視ではなく、市民への医療の提供を第一に考えるべき」「憲法にうたわれている、人間が人間らしく生涯生きていくこと—それを加古川市がビジョンとして持っているのか?」と批判しました。

 参加者からは「大きな勇気を貰った学習会だった」などの感想が寄せられています。
井上津奈夫=加古川市議)
今年四月、公立病院である加古川市民病院と民間病院の神鋼加古川病院が組織統合され、地方独立行政法人加古川市民病院機構が発足。二病院はそれぞれ「西市民病院」「東市民病院」として再編されました。

 これに対し、市民からは、数年後に計画されている新しい統合病院開設で、現在の二病院がどうなるのか、新病院へ巨額の財政が投入され市財政はどうなるのか、不安の声が上がっています。これに応えようと開かれたのが今回の学習会です。

 (2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

憲法ミュージカル「ドクターサーブ」

中村哲医師を描いて

空爆で負傷した子どもを抱くドクターサーブ

憲法ミュージカル「ドクターサーブ」(同実行委員会主催)の公開稽古が8月21日、神戸ハーバーランドのスペースシアターでおこなわれました。10月に大阪4会場、神戸1会場で上演するこのミュージカルは、アフガニスタンの無医村地域で医療活動と農業用水路建設にとりくんでいる中村哲医師が主人公です。大阪や兵庫から公募に応じた約140人が出演。本番めざし毎週末、稽古を重ねています。

大阪・神戸の弁護士が呼びかけ
10月30日 神戸文化ホール

パキスタンでのハンセン病治療から始まりアフガニスタンのペシャワールに基地病院をつくり、水枯渇と飢餓、アメリカの空爆に苦しむ国民を、たくさんの井戸と水路建設、農地開拓で支える中村さんは「ドクターサーブ(先生さま)」と呼ばれ、慕われています。 その30年以上にわたる活動を描くミュージカルで、作・演出は田中暢さんです。

大阪と神戸の多くの弁護士たちが共同代表や呼びかけ人になり、公演成功へ全力でとりくんでいます。神戸公演は神戸文化大ホールで10月30日(日)午後開演です。

アフガニスタンの男性に扮し歌い踊る
 兵頭憲一さん(右手最前列)と今西雄介弁護士(その右)
ことし5月、出演者やスタッフを募るオーディションがおこなわれ、152人が集まりました。公演事務長を務める篠原俊一弁護士(関西合同法律事務所)は「100人くるかと心配していたら、大勢集まったので驚いた」と言います。

全員出演の予定でしたが、仕事の都合がつかなくなった人が10人ほど出ました。 出演者たちは毎週末、歌と踊りの練習とともに、アフガニスタンの歴史、中村さんたちペシャワール会の活動などを勉強しました。 衣装は、渡された布で各自が作成。最高齢は73歳。最年少は大畠和歩ちゃん2歳7カ月です。

出演者のひとり兵頭憲一さん(37)=神戸市東灘区=は「ハンセン病についても、イギリスやソ連の侵略にさらされつづけたアフガンの歴史も、知らないことばかりでした」と言います。 男性は全員、髭を伸ばしますが「法廷での仕事がら、先日いったん剃った」と笑う今西雄介弁護士(31)=神戸合同法律事務所=は、中村医師に心服する「ちょっと血の気の多い男」を演じます。「全員合唱に感動し、演じながら泣いてしまうときがある」と話します。


この日の公開稽古を観た、共同代表のひとり藤原精吾弁護士(あいおい法律事務所)は「出演者たちの熱い思いが、ひとつになった歌声と踊りに感動しました。集団の力はすごい。本番が楽しみ」と語っていました。裏方で支える坂本知可弁護士(神戸あじさい法律事務所)は「文化ホール2000席を満員にしたい」と訴えています。

一般2800円、高校大学生2300円、中学生以下・障がい者1800円。当日各500円増。神戸あじさい法律事務所☎078・382・0121


 (2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

神戸兵庫・荒田平和盆おどり

地域住民が運営し大盛況


盆踊りの休み時間に挨拶する
安田秋成実行委員長
夏恒例「荒田平和盆おどり」(実行委員会主催)が8月19日と20日夜、神戸市兵庫区の荒田公園でひらかれました。

この平和盆おどりは地域の商店や住民から提灯やうちわ、チラシ作りの資金カンパが毎年寄せられています。太鼓演奏と踊り指導も住民有志です。 2日目は雨で切り上げ終了しましたが、初日は500人近い住民が参加し、踊りの輪もふくらみました。

安田秋成実行委員長(85)は「暑さで音響が悪かったが、みなさんに楽しんでもらえた」と語りました。 明石で大空襲、神戸で震災に遭った中村正義さん(78)は「東日本の犠牲者を供養しようと盆踊りに参加した」と話していました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

神戸・北区原爆展

広島原爆の実寸大を展示


子どもたちも参加した原爆展の千羽鶴コーナー
北区原爆展(神戸北区原水協主催)が8月19日から3日間、藤原台の北神区民センターでひらかれました。ことしで4回目です。

広島・長崎の原爆写真パネルや、新婦人北支部が作成した広島原爆リトルボーイの実寸大画3㍍などが展示されました。 2歳で被爆し12歳で死亡した佐々木貞子さんの生涯を記録したパネルの前では、熱心に説明を読む小中学生の姿がみられました。



(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

尼崎平和のための戦争展

反原発の記録映画を上映

過去の戦争から現代の問題までパネルで展示
第16回尼崎平和のための戦争展(同実行委員会主催)が8月19日から3日間、尼崎市労働福祉会館でひらかれました。

展示コーナーでは、日本の侵略戦争、沖縄戦、ことしの原水爆禁止世界大会の報告などをパネルで紹介していました。

また、ことしは山口県上関町祝島の原発建設反対運動を記録した映画「祝の島」(纐纈あや監督作品)を上映。専門家の講演もおこなわれました。

(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

兵庫県農民連が記念誌発行

「写真で見る20年のあゆみ」

兵庫県農民運動連合会(永井脩会長)が記念誌「写真で見る兵庫農民連20年のあゆみ」を作成しました。

兵庫農民懇での話し合いを経て、89年2月の結成以来、日本農業を守り、生産者の生活安定と食の安全を追求してきた兵庫県農民連の運動足跡を、写真と報道記事でまとめています。減反や米輸入反対の闘い、産直を通した新婦人との交流などを紹介しています。

編集に携わった上野信行事務局長は「多くの協力で農民連の今日があると、再認識している」と語っています。

A4判16㌻、頒価500円(送料含む)、☎078・914・3491

写真:「運動の貴重な記録を多くの人に読んでほしい」と話す上野信行事務局長(前列左)ら県農民連の事務局員たち


(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

たんぽぽ親子クラブ:自然観察会に子らの歓声

「神戸子どもを守る会・たんぽぽ親子クラブ」(田中敏夫代表)は8月20日、神戸市須磨区多井畑の奥須磨公園で自然観察会をひらきました。親子ら25人が参加しました。

公園内の小松池で子どもたちは、ミナミヌマエビやヨシノボリ、各種トンボのヤゴ、タニシを網ですくいあげ大喜びでした。 また「奥須磨公園にトンボを育てる会」の山本辰也さんが、池の生きものたちを説明。仕掛けを使って、ザリガニやオタマジャクシ、大きな魚をすくい上げると、子どもたちは驚きの連続で、楽しい一日になりました。


(2011年8月28日付「兵庫民報」掲載)

2011年8月21日日曜日

北但広域ごみ焼却施設計画:事務監査請求署名スタート

  • 「北但馬三カ所の焼却施設を廃止して一カ所に大型施設をつくる計画の見直しを」
  • 「全国初のごみ焼却施設用地の強制買収はやめよ」

―二つのスローガンを掲げる事務監査請求署名運動の「スタート集会」が八月十一日、豊岡市民会館で開かれました。

この集会は、豊岡市、香美町、新温泉町の住民でつくる「北但ごみ問題の会」(事務局=但馬民商気付)が主催、九月十日までの一カ月間に一市二町それぞれの有権者の五十分の一以上の署名を集める目標を申し合わせました。

100トン切る現量に174トンの計画

豊岡市、香美町、新温泉町で構成する北但行政事務組合(管理者=中貝宗治豊岡市長)は、豊岡市竹野町森本坊岡地区の山林約三十七ヘクタールを買収して、日量百七十四トンの広域ごみ焼却施設を二〇一六(平成二十八)年稼働の目標で計画を進めています。

しかし、人口減とごみ減量の市民的努力で、現在のごみ焼却量は平均日量百トンを切り、広域ごみ焼却施設計画は過大なものとなっています。

強制買収の準備も

また、北但行政事務組合が一方的に「最適地」として選定した建設予定地は、「環境と暮らしを守りたい」とする地元住民の抵抗を受け、用地買収が行き詰まっています。

このため北但行政事務組合は、今年十月以降に土地収用委員会への裁決申請を準備しています。

住民は学習会など重ね直接請求に踏み切る

この切迫した情勢の中で、ことし五月、「北但ごみ問題の会」が結成され、元日本共産党衆院議員の岩佐恵美さんを講師に招き、豊岡、香住、浜坂で学習講演会を開催、機関紙『共同しんぶん』を現在三号まで発行して世論に訴え、十二人の請求代表者を選び、事務監査直接請求に踏み切りました。


(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

原水爆禁止世界大会参加の青年たち

実感、世界動かす平和運動

世界大会のステージに立つ兵庫青年ツアー参加者と、
代表して発言する垣本聖氏(中央)
今年の原水爆禁止世界大会には国連からセルジオ・ドゥアルテ軍縮問題担当上級代表が事務総長代理として参加し、日本の核廃絶署名行動を大いに励ます発言をするなど、核兵器の廃絶を求める日本の反核平和運動が世界を動かしているということが実感できる大会でした。この大会に兵庫県から参加した青年が大きく成長して帰ってきています。

初めて参加した神戸大学生K君は初めて被爆者の方の生の話を聞いて「お話を聞いた被爆者の方は、わずか六歳という年齢で被爆し、両親を亡くし、妹を連れて子どもだけで避難したという方で、話を聞いていて、とても胸が痛くなった。そして、アメリカが原爆を落としたのも、人が一番多い時間を狙ったと聞いた。人間を原爆のモルモットにするようなやり方にとても憤りを感じました」と話します。

また、「こういう運動は年をとった人のイメージがあったけど、こんなにも若い人たちが参加して実際に行動してるなんてすごい」と話すのは、やはり初参加の専門学校学生Hさん。「開会総会や閉会総会での発言を聞いていて自分は全く知識がないから、何をしゃべっているのかよく分からなかった。兵庫に戻ってから学習していきたい」と熱意を語っています。
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そんな青年たちに、帰りのフェリーで「世界は核廃絶、脱原発に向けて動いている。その中で日本はいまだにその態度を国際社会の中で示せないでいる。この背後にはずっと続いた大企業とアメリカいいなりの政治がある。日本を変えるにはこの二つの異常を正すためのたたかいがいる。客観的にはたたかいは起こっているし、変えられそうなところまできている。そのたたかいを後押しする日本共産党を強くしなければ。あなたに共産党に入ってほしい」と党員の参加者が訴えました。

これにこたえ、「福島原発の問題はどこか遠い問題だと思ってたけど、実際に愛媛大学の学生たちが脱原発のとりくみをしている発言を聞いて、同じ学生ができることを自分たちで考えて行動しているのがすごい。自分も何ができるか考えたい」と入党を決意する青年もありました。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

日本海岸(但馬・丹後)の原発計画くいとめた40年前の運動に学ぼう

日本共産党但馬地区常任委員中家貞雄さんに聞く(下)

素晴らしい地元住民の立ち上がり

私たちの苦労は無駄ではありませんでした。

浜坂火力発電所計画を知った住民有志の創意は見事でした。発電所誘致を表明した町長、自民党や民社党系良友会(佐々木良作衆院議員の後援会)の地域役員が有力な土地柄ですが、いわば町の知識人たちが熱心に発言を始めました。

僧侶の釈大道さん(故人)、医師会長、半臥堂を名乗る町の古老田辺意之助さん(故人)、県立豊岡高校教員の高田三良さん(故人)たちは「みんなの民主主義の会=みんみん会」を結成し、四日市へ見学に行き、独自のビラを新聞に折り込むなど勇敢な行動をしました。

香住町下浜では、二十世紀梨づくりのリーダー吉川邦夫さんや福田惣一さんなどがよびかけ、京大の先生や県原水協の福島市郎さんを講師に住民学習会を繰り返し、地域住民の圧倒的な反対運動の結束を固めました。浜上ますさんたち女性も運動の軸となりました。

町当局の誘致の動きにひるまず、下浜住民は豊岡に出かけ、豊岡駅から関電支店(今の豊岡郵便局の場所)まで原発反対のデモ行進も行い、香住町では原子力・火力発電所反対の但馬地区総決起集会が開かれ、但馬地労協の労組も参加しました。

香住町佐津無南垣(むながい)地区には日本共産党の森田春三郎町議が住み、火力発電所問題の調査・学習活動をコツコツ広げ、隣りの訓谷地域の社会党系町議とも反対運動で協力しました。

私はこれら町の有志の方々を一人ひとり訪問し、但馬地区委員会の政策を説明しました。この活動を通じて「政策の持つ力」の強さを知り、事実を知った人々の創意ある活動に敬服しました。

いまエネルギー政策の転換が必要だ

久美浜原発反対運動は、丹後地方の住民と日本共産党組織が中心に担いましたが、隣町である城崎町や豊岡市は文字どおり「原発の地元」の位置にあります。

この立場から但馬地区委員会は、「但馬民報」の全戸配布や学習会、丹後地方の運動との共同行動を続けてきました。

この四十年間に原子力発電所を京都府と兵庫県の日本海岸には許さなかったことは、強力な住民運動と日本共産党の努力の結果です。

その後も大電力資本と政府は、「安全な原発」宣伝と補助金政策で国民を信用させ、増設を続けましたが、福島第一原発の炉心溶融事故は国民の世論を一変させました。

日本共産党の志位和夫委員長は、福島第一原発の炉心溶融事故の収束に全力をあげる具体的提案を政府に申し入れました。特に周辺住民と原発関係労働者・従事者の安全対策、被害住民と農漁民等の損害賠償、稼働している原発の総点検と新設の中止を要求しています。

何よりも「原発の安全神話」を一掃することが大事です。

いま、良心的な人々の間で「原発は怖いが原発に代わるエネルギーはどうするのか」という意見が出されています。

日本共産党は水力、風力、潮力、太陽光発電など自然エネルギーの活用を大規模に進めるとともに、大量生産・大量消費・大量廃棄の「浪費型経済社会から低エネルギー社会への転換」を提案しています。

たとえば、昼間も夜間も電気を使う二十四時間営業、オール電化住宅、民間・軍用を問わず大量の石油燃料を使う航空機の乱用、二十四時間燃焼の大量ごみ焼却施設―など国民生活全般の見直しをすることも大事ではないでしょうか。

一九六〇年代は主な発電エネルギーを水力と石炭火力から、重油火力と原子力に転換した時代であり、このために三十万人の炭鉱労働者の首切りが起き、三井三池炭鉱争議に代表される大闘争と犠牲が払われました。

東日本大震災と福島第一発電所事故の教訓を直ちに生かす政治社会への転換がどうしても必要だと思います。(おわり)

「但馬民報」特別号・4月20日付から転載

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:長尾明憲 三田市議

「ずっと住み続けたい」三田に

ウッディタウンにて
私は今三十三歳です。小学校の時に三田に引っ越してきて以来、二十三年間がたちました。それまであまり政治に対して関心を持っていなかった私ですが、結婚して子供が産まれる中で、自分たちが政治と無関係ではいられないということに気づき、ずっと住み続けていく街ならば少しでも住み良い街にしたいとの思いで立候補を決意しました。

活動を始めてからは大変なこともありました。しかし市民の方がたと接する中で「これからは若い人にがんばってもらわないとあかん」との声に勇気をいただき、なんとかその期待の声におこたえしたいとの思いで、皆様のご協力のもと、選挙戦を乗り越え初当選させていただきました。

三田の街は今ちょうど私たちの年代である三十歳前後の人口が極端に少なくなっています。どうにかして若い世代の人も三田に住み続けたいと思ってもらえるよう、他市でも行っている新婚・子育て世代への支援を行い、子育てしやすい街をアピールしていくことが大切だと感じています。

また、母が障害を持っており、市の対応などについて話を聞きますが、三田は福祉が十分ではありません。年老いても安心して暮らせる街にしていかなければいけません。

日本共産党三田市議団として中田はつ美議員、長谷川美樹議員とともに、子どもが大きくなった時に「住んで良かった」と言ってもらえる街、ずっと住み続けたいと思える三田を目指してがんばってまいります。今後ともよろしくお願いいたします。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

だんのたいち著『神戸空襲と戦後ノスタルジィ』

5才児の証言

毎年夏がくると、平和行進そして戦争展など平和を求める気運が高まります。そんな中、ことし市会議員を勇退した段ちゃんが、神戸空襲をテーマに彼の幼児体験を綴った本を出した。

同じ年代でしかも神戸生まれの神戸育ちの私には非常になつかしく自分の生い立ちを振り返るかのように強い感動を覚えた。

まず驚かされたのは、彼の記憶力のすばらしさです。三月十九日の神戸空襲のすごさ、そして家族と必死になって逃げるさまが克明に書かれている。戦火の中、五人家族の柱となって子どもたちを守った母のもとで必死で生き抜いた太一少年はたくましく男らしく育っていく。

身近な人の死、そして疎開先のこと、復員してきた父との生活など、その時々を記録していたかのようで驚かされる。後に市会議員となり、時おり会って生活相談や市会の状況などを聞くことがあったが、その記憶力と細部にわたる状況の把握は、幼い頃に培われていたに違いない。

戦争を経験した人たちがあじわった悲惨さやくやしさと同時に、強く生きぬいたすがすがしさを感じる一冊です。

(下田和男=兵庫革新懇世話人)
私家版/A5判百五十六頁/頒価千円/党県委員会書籍部でも扱っています。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

寄稿:「君が代」強制は許せない

千葉直義(元小学校教諭)

前号(8月14日付)の松谷孟さんの寄稿に触発され、私も「君が代」について調べてみました。

松谷さんは、NHK『まいにちドイツ語』から、エッカートが作曲したと述べられています。しかし、インターネットの『ウィキペディア』では、作曲者欄に林広守、奥好義、エッカートの三人を併記していますが、本文では、一八八〇年、宮内省式部職雅楽課の奥がつけた旋律を上司の林が曲に起こしたとしています。エッカートがしたことはこの曲をバンド演奏ができるように編曲したことだと思われます。

エッカートの編曲を見ると、中間部は西洋音楽の和声がついていますが、始めと終わりの部分は斉奏(ユニゾン)になっています。「レドレミ」で始まり、「ラーソミレー」で終わります。このように「レ」で始まり「レ」で終わるのは、西洋音楽にはまれなことです。そこでユニゾンにしたのでしょう。雅楽の和声と西洋の和声との間で工夫したことは松谷さんが述べられているとおりです。

ところで、天皇を迎える軍隊の曲として誕生した「君が代」を「国歌」として広めたのは、戦争へと突き進む絶対的天皇制の教育の力なのではないでしょうか。事実、一九九九年に制定された「国旗・国歌法」まで、戦前でも「国歌」を定める法律はなかったようです。

しかし、国旗・国歌の強制は今、また厳しくなりました。東京・大阪だけでなく全国で似たようなことが起こっています。これは、憲法にもとづく教育と学校への、野蛮な攻撃です。

元の教育基本法のめざした「民主的人格の完成」を実現する教育を守るために、教職員や保護者、市民が連帯して、「君が代・日の丸」強制反対の運動を前進させることを強く願っています。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

芦屋こばと保育園:昼食のお米すべて自園栽培

子どもらが元気に「いただきます!」

たくさん遊んだ子どもたちは食欲旺盛
園自慢のごはんが大好きで、
おかずより先に食べていました
「いただきま~す!」、芦屋こばと保育園=芦屋市若宮町=の昼食どき。元気な声が響き、笑顔があふれます。どの子も美味しそうに食べています。この保育園では、お米はすべて自ら栽培。籾(もみ)まきから収穫まで手間を惜しまず、子どもたちのために飛び切りのコシヒカリを作っています。

阪神打出駅から西へ100㍍余り、こばと保育園は69年、無認可保育園として発足。76年に社会福祉法人の認可を受けました。ゼロ歳から2歳まで約30人の幼児を保育しています。

8月中旬、ことしも実りました。あと1カ月で刈り取りです
米は丹波市山南町小野尻の田んぼ約5反で栽培。事務長の細川哲也さん(69)が「子どもの発達にとって食育は大切」と土作り、苗作りからこだわり、できる限り農薬を使わず、育てています。

汚染米が問題になったとき、市からの問い合わせに「自園の農園で作っているので大丈夫」と胸をはって答えました。





種籾まきから収穫まで

保育園の屋上で苗床をつくる
毎年4月初め、保育園の屋上で苗床90箱に種籾をまきます。スズメから守るためビニールシートを掛けますが、蒸れやカビに万全の注意を払います。

5月連休に田植え。トラックに苗を積み、山南町へ、片道1時間半。息子も作業を手伝います。田んぼ6枚に機械と手で植えます。9月の収穫まで毎週末稲の世話に通います。

丹波市山南町の田んぼ田植え
「生きもの相手はさぼりがきかない。放っておくと草原になる」と笑う細川さん。雑草刈りはもちろん、猛暑の夏は、水の管理に神経をつかう日がつづきます。田の水温が上がりすぎないよう、ポンプとタイマーを使い川の水を引き入れていますが、大水が出て田が水没した年もありました。イノシシが踏み荒らす被害もあります。

細川さんは、高血圧で体調を崩し勇退するまで、共産党芦屋市議を6期務めました。これなら健康にいいと思いついたのが農業でした。10年ほど前から、山南町の休耕田で、近所の農家の人たちに手取り足取り教えてもらいながら始めました。いまでは園で食べるお米は100%自作です。兵庫県農民連の産直米にも出荷しています。

畑で野菜も作っています。収穫したばかりの白菜や大根、トマトなどを保育園の1、2歳児たちが、大喜びで丸かじりします。園長の中山祥子さんは「大きな大根をカリカリ音を立て、ダイナミックに食べる子どもたちにビックリします」と話しました。

「健康に育ってくれるか、成長を見守る楽しさは、農業も保育も同じ。経済効率で計るものではない」と細川さんは語っています。


(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

福井原発停止求め兵庫労連が署名宣伝

兵庫労連(津川知久議長)は東日本大震災から5カ月の8月11日夕刻、福井県にあるすべての原子力発電所の停止・廃炉を、関西電力(八木誠社長)に求め神戸大丸前で宣伝行動をおこないました。

全労連近畿ブロックが統一行動として実施し、傘下各労組から37人が参加しました。

「大飯・美浜など若狭湾沿岸の原発は、ほとんどが30年以上で老朽化。事故が起こった場合、20キロメートル圏内には琵琶湖が、80キロメートル圏内には宝塚が入る。原発に頼らないエネルギー政策に変えよう」、北川伸一事務局長や北島隆事務局次長が、マイクで仕事帰りの市民らに署名を訴えました。

呼びかけに足を止め署名するのは圧倒的に女性です。「福島原発事故の被害は深刻。近畿でも起こりうる問題で心配」と言う人もいました。

9月9日に関電本社包囲行動

全労連近畿ブロックは9月9日、関西電力本社包囲近畿総行動を計画。大阪中之島公園で13時30分から決起集会をひらき、関電本社までデモ行進します。

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

永井喜代子さん「心のかけはし」出版記念コンサート

絵手紙が大きな力に

絵手紙交換10年の歩みを紹介する芦屋朗読の会

重度の傷害をもつ青年に励ましの絵手紙を送りつづけて10年、約500枚の絵手紙をことし2月「心のかけはし」の題で本にまとめた永井喜代子さん(80)=伊丹市平松=。友人たちの企画した出版記念「絵手紙コンサート」が8月14日、西宮プレラホールでひらかれました。約300人が会場を埋めました。

永井さんとの対面を楽しみにしていた三牧英範さん(37)=福岡県小郡市=は体調を悪くし、不参加でした。

芦屋朗読の会の3人が、10年にわたる2人の交流を構成劇とスライドで紹介しました。西宮や芦屋、大阪の5つの合唱団が出演し、磨きぬいた歌声を響かせました。

合唱団TERRAの村嶋由紀子さん作詩、檀美知生さん作曲「絵手紙」、英範さんの詩に檀さんが曲をつけた「風の花の色」を客席も一緒に歌いました。

参加者のメッセージを東日本被災地へ

東日本大震災復興支援の募金とメッセージが呼びかけられ、集まったハート型カードを大きな絵手紙に仕上げた永井さんは「1枚の絵手紙が大きな力になると改めて知りました。みなさんのメッセージを被災された岩手県陸前高田市へ届けます」と挨拶しました。

参加者のメッセージカードを貼った大きな絵手紙ができあがりました。「東日本の被災地へ送ります」と挨拶する永井喜代子さん(写真左の右から3人目)





(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

ひなたぽっころりん(474)



(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

原水爆禁止世界大会には二十四カ国八十八人の海外代表が参加した。国連事務総長代理、エジプトなど政府代表、NGO代表が、核兵器禁止条約の協議開始を強く要求した▼世界大会が終わって、毎年、海外代表が神戸市を訪問する。非核「神戸方式」に共感し、その街を訪れたいと希望してだ。今年はノルウェー、タヒチ、フィリピンから四人の海外代表が訪問した。これまでアメリカ、ドイツ、オーストラリア、グアム、インドなど世界の代表が、「世界が支持している」「しっかりと守って」と熱心に神戸市に要請してくれた。フランスから三十二人もの代表が訪れたこともある▼非核「神戸方式」が米軍艦の寄港もできなくしていることに驚き、非核の世論の成果を具体的に見える形で示していることに共感するからだ。閉会総会の会場でアラブ連盟特別顧問のアブデル・モデイムさんが会見を申し出てきた。「スエズ運河に非核『神戸方式』を適用できないか」と情報の提供を求めて。十月には青年ツアー実行委員会の垣本聖さんが核兵器署名を国連に提出する国連要請代表団に参加する。非核「神戸方式」をさらに世界に広げる役割が期待される。(K)

(2011年8月21日付「兵庫民報」掲載)

2011年8月14日日曜日

こども医療費助成:各地であいつぎ前進

「こども署名」スタート宣伝
=06年9月8日、JR元前駅頭
こどもの医療費助成制度が昨年、今年と各地で拡充されています。2006年9月、日本共産党兵庫県議団の呼びかけにこたえ、県下の医療・教育・保育関係者、女性団体役員ら18人がアピールを発表し、スタートした「こども署名」以来、各地でねばりづよく続けられた取り組みが県市町政を動かしています。










通院
入院 所得制限
小野市
  • 中3まで無料

  • 中3まで無料
なし
西宮市
  • 中3まで無料
  • 中3まで無料
あり
福崎町
  • 中3まで無料
  • 中3まで無料
あり
相生市
  • 中3まで無料
  • 中3まで無料
あり
赤穂市
  • 中3まで無料
  • 中3まで無料
あり
たつの市
  • 中3まで無料
  • 中3まで無料
なし (今年7月から)
三田市
  • 小6まで無料

  • 中3まで無料
なし (今年4月から)
宍粟市
  • 小6まで無料
  • 中3まで無料
なし (今年7月から)
佐用町
  • 小6まで無料
  • 中3まで県助成制度を延長
  • 小6まで無料
  • 中学生は月3200円まで自己負担
あり
新温泉町
  • 小3まで無料
  • 中3まで無料
なし
多可町
  • 小3まで無料
  • 中3まで無料
あり
加東市
  • 小3まで無料
  • 中3まで無料
あり
西脇市
  • 小3まで無料
  • 中3まで無料
あり
加西市
  • 小3まで無料
  • 中3まで無料
あり
高砂市
  • 小3まで無料

  • 中3まで無料
あり
加古川市
  • 小3まで無料

  • 小3まで無料
小3までなし
播磨町
  • 小3まで無料

  • 小3まで無料
小3までなし
明石市
  • 就学前まで無料
  • 小1~3は1日700円、月1400円まで自己負担
  • 小1~6の住民税非課税世帯は無料
  • 中3まで無料
就学前と
中学生はなし
猪名川町
  • 就学前まで無料
  • 中3まで無料
なし
稲美町
  • 就学前まで無料

  • 中3まで無料
なし
三木市
  • 就学前まで無料
  • 中3まで県助成制度を延長
  • 中3まで無料
あり
伊丹市
  • 就学前まで無料
  • 中3まで無料
あり
朝来市
  • 就学前まで無料
  • 小1~3は県制度
  • 小4~6は2割負担
  • 中3まで無料
あり
川西市
  • 就学前まで無料

  • 小6まで無料
あり
養父市
  • 就学前まで無料

  • 就学前まで無料
あり
神河町
  • 就学前まで無料

  • 就学前まで無料
あり
上郡町
  • 就学前まで無料

  • 就学前まで無料
あり
宝塚市
  • 就学前まで無料

  • 中3まで無料
あり
香美町
  • 5歳まで無料

  • 4歳まで無料
あり
市川町
  • 3歳になって最初の3月末まで無料
  • 小6まで県助成制度を延長

  • 3歳になって最初の3月末まで無料
  • それ以上~小6は月3200円まで自己負担
あり
丹波市
  • 2歳まで無料
  • 中3まで無料
あり
篠山市
  • 2歳まで無料
  • 小6まで県助成制度を延長
  • 中3まで無料
あり
南あわじ市
  • 2歳まで無料
  • 3歳~就学前は1日500円、月1000円まで自己負担

  • 小3まで無料
あり
尼崎市
  • 2歳まで無料

  • 小3まで無料
あり
姫路市
  • 2歳まで無料

  • 2歳まで無料
2歳までなし
芦屋市
  • 2歳まで無料
  • 小6まで県助成制度を延長(10月から)
  • 中3まで無料(7月から)
あり
神戸市
  • 0歳のみ無料

  • 中3まで無料
あり
太子町
  • 独自助成なし
    (県制度だけ)
  • 中3まで無料
あり
豊岡市
  • 独自助成なし
    (県制度だけ)

  • 独自助成なし
    (県制度だけ)

淡路市
  • 独自助成なし
    (県制度だけ)

  • 独自助成なし
    (県制度だけ)

洲本市
  • 独自助成なし
    (県制度だけ)

  • 独自助成なし
    (県制度だけ)

県制度
  • 小3まで、1医院1薬局あたり1日800円、月2回(1700円)まで自己負担
  • 小3まで、1割負担で月3200円まで自己負担
  • 小4~中3は自己負担の3分の1を助成
0歳だけなし
1歳以上あり
  • 県制度は全市町で最低ラインとして実施
  • ○は2010年度、◎は2011年度に拡充 ◦は2010年度と2011年度に拡充
  • 小4以上の入院無料は多くが償還払い

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載分に加筆・訂正

市川町議選:岩見氏トップで初当選

'10年参院比例の3.2倍の得票

市川町議選(定数十二、立候補十四人)は八月七日投開票が行われ、日本共産党の新人・岩見武三氏(70)がトップ当選。多田一昭氏からの議席引き継ぎを果たしました。

岩見氏の得票は、千二百八十七票(得票率15・94%)。前回の一・八倍(得票率も8㌽増)、昨年の参院選比例票と比べると三・二倍と大きく前進させました。

選挙戦で岩見氏は、▽子育て支援、保育環境の充実、豊かな心と基礎学力が身につく教育▽「平和」で人の命を大切にする「安全・安心」のまちづくり―など六項目の重点政策を掲げ、「住民こそ主人公」を国政でも町政でも貫く日本共産党の値打ちを訴え、支持を広げました。

政治と日本共産党に対する意識変化の表れも―町民アンケート

同町議選に向け日本共産党市川支部が行った「町民アンケート」には、防災、暮らし、子育て、教育などへの切実な願いとともに、大震災・原発事故という未曽有の危機のもとで多くの国民がこれまでの政治への見方を変え、政治の真実とは何かについて、新たな探求と行動を始めており、日本共産党の主張と合流する可能性が広がっていることを示す声が数多く寄せられていました。
「日本共産党は薬です。意見をはっきり言って、悪いことはしない、そんな印象がずっとあります」(60代女性)
「二大政党といいますが同じ穴のむじな。永田町は“馬と鹿との集合体”。共産党がんばってください。弱小政党がもう少し伸びなければと思います」(80代)
「人間にやさしい政治、理の通らない者には毅然とした態度。悲しいかなイメージが悪いと思っているのは事実」(60代男性)
「私のような中途半端の者からみても、共産党は国政においても、もっとも良識のある党だと思っています。これからも暴走する国政において、たのもしい良識あるセーフティーガードでありつづけてください」(50代男性)
「テレビや大新聞では報道されない正確で真実のニュースを伝えてほしい」(60代男性)
「日本の政治を変えてください」(50代女性)

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

但馬・丹後の原発計画くいとめた40年前の運動に学ぼう

日本共産党但馬地区常任委員 中家貞雄さんに聞く(上)

一九六〇年代から七〇年代、関西電力は、但馬・丹後の日本海岸に火力発電所と原子力発電所を建設する計画を進めていました。これに対し、「日本海岸を第二の四日市にするな」「危険な原子力発電所計画を許すな」と住民は大きな反対運動を繰り広げ、その計画を阻止しました。当時、日本共産党但馬地区政策委員長・衆院兵庫五区候補として、運動の先頭に立った中家貞雄さん(77)=現同地区常任委員=に話をききました。(日本共産党但馬地区委員会発行『但馬民報』特別号・4月20日付から転載)

但馬海岸が「電源銀座」になろうとした

関西電力は一九六六(昭和四十一)年「浜坂、佐津火力発電所建設計画」を発表しました。その規模は次のような巨大なものでした。

浜坂 岸田川河口 出力二百万kW
香住 佐津訓谷湾 出力二百万kW

一方、前年の一九六五(昭和四十)年、香住町は「原子力発電所誘致対策委員会」を発足させていました。これは関西電力が一九六〇年代の初めから、香住町下浜地区の海岸に出力百二十万kW規模の原発を計画していたことに呼応した動きでした。

さらに一九七四(昭和四十九)年、関西電力は「丹後半島に二百四十万kW規模の原子力発電所を建設する構想」を発表、翌七五(昭和五十)年には久美浜町長が「蒲井(かまい)地区の事前環境調査」の受け入れを表明しました。

いずれの計画構想も地元住民には驚天動地の大事件で激しい反対運動が起きました。

私は一九六六(昭和四十一)年当時は日本共産党但馬地区委員会の政策委員長であり、衆議院選挙兵庫五区の候補者でもありましたので、この「電源銀座」計画反対に、地元住民と協力し、一生懸命取り組みました。

この対策の最中、一九六七(昭和四十二)年に行なわれた総選挙で立候補したのは、自民=有田喜一・小島徹三、民社=佐々木良作、社会=伊賀定盛の各氏と共産=中家貞雄(私)でしたが、原発建設反対を主張したのは私以外にありませんでした。とくに佐々木氏は事実上、関電の推薦候補でした。

全国の知恵に学び政策を提案した

当時の香住町には日本共産党の有田晃議員がおり、原発問題の調査研究に熱心で、自宅のガリ版印刷で議会報告を発行していました。私は有田町議の後を受けた森田春三郎町議と協力して京大の原子物理学の若手教授を訪ねたり、学者肌の兵庫県原水協の福島市郎事務局長(故人)を招いて学習会を開き、火力・原発のイロハを学びました。森田町議は佐津火力反対運動の事務局長を務めました。

火力発電所問題では、年間排出量十三万tの亜硫酸ガスを中心とする大気汚染とたたかった四日市の実態は衝撃的でした。浜坂・佐津の火力発電所計画では十五万tの亜硫酸ガスの発生が予測されたのです。

原発問題はアメリカのスリーマイル原発の炉心溶融事故の教訓に立って、国会でも不破哲三書記局長(当時)が「安全神話」の危険性を鋭く指摘していました。なかでもアメリカでは原発事故の避難・退避地域は半径三十二km圏と義務付けているとの指摘は、「久美浜蒲井の原発事故」を想定すれば、豊岡市はおろか八鹿町まで住民の避難・退去が必要であり、どんなに苦労しても原発は阻止しなくてはならないと決意を固めました。

苦労したのは宣伝・学習費でした。今でも党の財政は苦心しますが、私が候補者をしていた衆院選の得票率は3%以下で、但馬地区委員会は臨時出費の財源がありません。それでも、党員・後援会員にカンパをお願いし、兵庫県委員会に頼んで「兵庫民報」号外をつくり、民主商工会の協力も得て「但馬民報」をつくり、全戸配布しました。

浜坂町には当時、党支部がなかったのですが、ビラ配布のために浜坂駅前に但馬各地の党支部から三十人近い人たちが集まってくれたときは、本当に感激しました。

つづく
(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

稲美町議選・猪名川町議選:9月20日告示・25日投票

9月20日告示・25日投票

稲美町議選:大路ひさし氏空白克服めざす

稲美町議選(定数十六)は九月二十日告示・二十五日投票で行われます。

日本共産党は、大路ひさし氏(65)=元=を立て、空白議会克服をめざします。

大路ひさし氏の略歴

一九四六年生まれ。稲美町立天満小・中学校、県立加古川東高校卒。神戸大学付属図書館勤務を経て七二年から二〇〇五年まで稲美役場に勤務。同大学教職員組合六甲支部書記長、報恩寺門徒総代、向山自治会会長など歴任。現在、党稲美支部支部長。

猪名川町議選:下坊・池上両氏現有議席確保へ

猪名川町議選(定数十六)は九月二十日告示・二十五日投票で行われます。

日本共産党は、下坊辰雄氏(59)=現六期=、池上哲男氏(58)=現四期=を立て、現有二議席の確保をめざします。

下坊辰雄氏の略歴

一九五二年生まれ。猪名川町立六瀬中学卒。篠原商店㈱などに勤務。建材業自営。全国運輸一般労組分会長、ダンプ部会長など歴任。八七年町議選初で初当選。産業建設委員長、議会運営委員長など歴任。現在、副議長、党阪神北地区委員。

池上哲男氏の略歴

一九五三年高知県生まれ。駒澤大学卒業後、㈱ほるぷ勤務などを経て、九五年町議選で初当選。副議長、監査委員など歴任。現在、猪名川あそぼ~会代表、党阪神北地区委員。





(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

明石市原爆被害者の会事務局長坂本キクヱさん

広島・長崎から66年  核兵器・原発NO!

「なぜ私が生きてこられたのか、考えつづけてきました」
と語る坂本さん(81)
生まれは長崎県崎戸島です。育ててくれた祖母の勧めで、長崎医大付属看護婦学校に44年、入学しました。島から4人が合格し、一緒に寮生活を始めました。14歳でした。午前中は大学病院で実習、午後は講義。2年間で卒業です。私は外科希望でした。

45 年8月8日、東京出張の帰路、列車で広島を通過した学長が、運動場に生徒や職員を緊急に集めて話しました。「新型爆弾で広島が全滅した」と。ラジオや新聞はまだ報道していませんでした。驚きましたが、長崎にも落ちるとは思ってもいませんでした。それまでにも長崎や大村はB29の直撃を頻繁に受けていました。


地獄と化した長崎の町


9日の体験を思い出すと、いまでも胸が震えます。その日午前は古屋野外病棟で入院患者のガーゼ交換中でした。看護学生はもんぺにワラ草履が勤務服。靴を履けるのは看護婦でした。

爆風で壊れてきたコンクリートの下敷きになりました。とっさにベッド下に潜ったので、頭の怪我だけで助かりました。呼んでも一緒にいた先輩看護婦たちの返事はありません。ベッドに寝ていた患者さんは全員亡くなっていました。廊下を見ると、向こうが明るい。火が迫っていました。建物は火の海になりました。

長崎の町は一変、地獄と化していました。その光景を、言葉ではとうてい表現できません。町中が黒こげの死体でいっぱいでした。

その夜は裏山の竹藪で、恐怖に震えながら野宿しました。

再び爆音がし、ビラが降ってきました。「日本国民に告ぐ。アメリカは新しい爆弾を使った。無駄な戦争を止めるよう天皇に伝えよ」というような内容を、むずかしい言葉で書いてありました。

大学病院にたどり着くと、救護所はすさまじい状態でした。病院職員も多くが被爆していました。永井隆先生がメガホンで「動ける者は治療を手伝うように」と呼びかけていました。運び込まれる怪我人は数多く、治療の順番を待つ人がボロボロ死んでいきました。

私の名を呼ぶので、近づいて見ると、全身大火傷で顔も分かりません。学友の1人でした。私は何もしてあげられませんでした。苦しみながら亡くなった先輩の遺体をリヤカーに乗せ、火葬場まで運んだのも数度です。


もっと早く戦争が終わっていたら


15 日、終戦を告げる玉音放送を聞きました。初めて大声で泣きました。もっと早く終わっていたら、こんなにも大勢の人が亡くなることはなかったのです。翌日から、発熱と下血、脱毛が始まりました。往診した町医者は「原爆症に治療法はない。本人の生きる力だけ」と言いました。熱にうなされながらも私は、生きたいと熱望しました。2カ月後、回復し、病院勤務に戻りました。

同郷の夫と結婚し63年、明石に転居。明石市民病院の助産師を59歳まで勤め、その後、市内の産婦人科医院で72歳まで働きました。

生き残った者の責任として被爆体験を話さなければ、と思っています。福島の原発事故で苦しんでいる方たちに、長崎や広島があれだけの被害から復興したのですから、ぜひみなさんも頑張ってほしいと伝えたいのです。

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

全県裁判・争議支援交流集会

非正規切り許さない闘い

スクラムを組み「がんばろ」を合唱、拳を突き上げる参加者たち
すべての争議の早期解決をめざす、全県裁判・争議支援交流集会が8月5日、神戸市勤労会館でひらかれました。兵庫労連(津川知久議長)と同集会実行委員会が主催し、約100人が参加しました。

津川議長は挨拶で、「労働者は、闘いの中で学び、仲間との団結の中で磨かれる。自分を守る闘いが、仲間を守り、日本を元気にする闘いへと、1つに繋がっていく」と述べました。

日本トムソンと日本化薬に正社員化を求め闘っている2つの裁判の原告弁護団の吉田竜一弁護士が講演し、裁判経過と労働裁判全般の状況を語りました。大儲けしている大企業が「直接雇用関係がない」を理由に、法的規制を受けず、非正規労働者の首切りをおこなっている実態を述べ、労働組合の役割りを強調。「トムソンも日本化薬も地裁は敗訴だが、会社をかなり追い込むことができた。労組がともに闘ったからだ」と語りました。

各争議団が支援を訴えました。「雇用継続義務不履行裁判を最高裁で闘っている。法廷で弁論をおこなう要請署名を集めている」(通信労組)、「裁判で新しい結果を出さないと、同じように首を切られる労働者が出てくる」(JMIU日本トムソン支部)など裁判勝利へ決意を述べました。

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

広島原爆投下66年県原水協署名行動

核兵器廃絶は世界の願い

広島原爆投下から66年目の8月6日、兵庫県原水協は神戸大丸前で、核兵器全面禁止を求めるアピール署名を呼びかけました。新婦人県本部や兵庫教組、県平和委員会、日本共産党の代表ら約10人が炎天下で訴えました。

宣伝カー上で梶本修史県原水協事務局長は同日朝の広島平和式典で核兵器廃絶を「究極目標」と述べた菅直人首相を厳しく批判。「広島・長崎の被爆者の願い、世界中に沸き起こっている核兵器廃絶の声をまったく無視した発言」と強調しました。家族連れや旅行者らが「秋の国連総会に届ける署名です」の呼びかけに応じ、次つぎ署名していました。

長崎で8日から開催の原水爆禁止世界大会に参加する但馬民商理事の米田勝さん(68)も署名行動に参加。平和行進日本海コースをこれまで6回歩いた米田さんは「仲間から折り鶴4千羽を託されました」と言います。ことしの世界大会兵庫県代表団は154人です。

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

最賃引き上げ要求:兵庫労連 労働局激励行動

「最低賃金を1000円に引き上げよ!」と
唱和する集会参加者
兵庫労連(津川知久議長)は「最賃大幅アップ・公務員賃下げストップ労働局激励行動」を8月2日、神戸市中央区の兵庫労働局前でひらきました。約100人が参加しました。

兵庫の最低賃金は時給734円。生活保護水準以下です。1千円への早期引き上げを求める兵庫労連はこの間、兵庫労働局に2回要請交渉をおこないました。

開会挨拶で津川議長は「被災県の最賃は岩手644円、宮城764円、福島677円。瓦礫処理の労働者は1日5千円の低賃金。いまこそ大幅賃上げが求められている」と強調しました。

兵庫最低賃金審議会を傍聴した中村伸治事務局次長が報告。「県下労働者の1・9%、1万7千人が最低賃金未満で働いていることが、会議に出された労働局資料で明らかになった」と述べました。

各労組からの発言で兵庫自治労連の森栗強委員長は「公務職場で非正規労働者が4割を占める。最低賃金で雇用する自治体もある。入札ごとに労働者賃金が下げられ、官製ワーキングプアをつくっている」と述べました。

参加者は、最低賃金の大幅引き上げを強く求める決議を、拍手で確認しました。

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

ピースフェスタ 神戸長田

重工産業労組や三菱神船革新懇ら4団体共催の第2回ピースフェスタが8月5日から3日間、神戸市長田区の神戸平和と労働会館でひらかれました。

広島・長崎原爆被害の写真や戦時中の生活用品はじめ、東日本大震災被災地の状況をパネルで紹介しました。

6日は原発問題の集会がひらかれました。三菱重工神戸造船所に50年入社、放射線管理の専門家として、福井県美浜原発建設に初期から携わった技術者が当時の状況を語りました。70年大阪万博に試験発電が間に合うよう突貫工事がおこなわれたこと、問題点をありのままレポートで提出した半年後、隔離職場に配転された経験などが語られました。また同じく原発に関わった人も体験を語りました。

屋外には、平和メッセージを記した笹を飾り、子どもコーナーも設けられました。

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

明石でピースフェスタ開催

ピースフェスタ明石(実行委員会主催)が8月3日から5日間、明石市勤労福祉会館でひらかれました(写真)。

明石空襲の被害実態や福島原発事故の状況などをパネルで知らせました。また画家いわさきちひろの絵本画を展示。最終日には松本猛さんが記念講演をおこない、母ちひろの作品がいまに伝えるメッセージを語りました。



(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

一コマまんが

「脱原発ガンバレ」―風神雷神


間 康成

(2011年8月14日付「兵庫民報」掲載)

2011年8月7日日曜日

党勢拡大大運動目標に「兵庫民報」読者拡大も

「兵庫民報」読者500人増で
採算点突破を

第71回兵庫県党会議決定

7月は残念ながら、6増・24減で差し引き18人の後退。
取り組み自体わずかです。8月から必ず前進を!


(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

東日本大震災救援物資募集中

お米、ミネラルウオーター、野菜(ある程度日持ちのするもの)、石鹸、洗剤、タオルケット、バスタオル、タオル、夏〜秋物衣料など

お近くの日本共産党事務所、県委員会へお寄せください。


原発・エネルギー問題 近畿・福井交流会議

若狭原発撤退・住民の安全へ 力あわせとりくもう


原発撤退、自然エネルギーへの転換、若狭原発群(十五基)の危険から住民を守るため力を合わせようと七月二十八日、「原発・エネルギー問題 近畿・福井交流会議」(日本共産党中央委員会主催)が京都市内で開かれました。近畿と福井の合同会議は初めてで、近畿二府四県と福井県の地方議員、党府県委員会の原発問題担当者ら約五十人が参加し、活発に討論しました。

党中央政策委員会の寺沢亜志也事務局長が「原発撤退提言」(6月13日発表)の特徴を報告。「提言」は①原発の「異質の危険」など、原発からの撤退の論理を明確にした②「安全神話」の犯罪性、異常さを告発することで、「ウソの政治」を暴き、新しい「安全神話」を許さない力になっている③五十年にわたる論戦とたたかいの蓄積の上につくられた―などを明らかにし、原発からのすみやかな撤退の一点での共同、安全を守るなどの緊急要求を重視し、広い連帯をつくるなどを強調しました。

福井県の佐藤正雄県議が、原発撤退を求める意見書の可決、首長の「脱原発」表明など立地県での情勢の変化を報告し、若狭湾の原発をなくすため近畿各府県の党・民主勢力と連携を進めたいと語りました。党国会議員団近畿ブロック事務所からは、若狭原発群が活断層の巣に立地し、老朽原発が過半数、近畿一千四百万人の命の水源・琵琶湖から三十キロ圏にあるなど特別の危険性があり、最大の安全である原発撤退へ近畿が運動の先頭に立つことを強調しました。

討論では、原発意見書ポスターを一千六十人の賛同で作成(滋賀県湖南地区)、原発撤退意見書を全会一致で可決(京都府綾部市)、原発立地阻止のたたかいが今に生きている(兵庫・但馬地区、和歌山)など情勢の大きな変化と運動の前進が語られました。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

兵庫県内になぜ原発はないのか

日本共産党と住民のたたかいの歴史にいま、光を

南光勝美(元党西播地区委員会副委員長)

福島市郎『革新の旗をかかげて』
四月の姫路市議選の中で一冊の本が話題になった。一九七六年発行の『革新の旗をかかげて』である。著者は日本共産党から衆院旧兵庫四区に立候補した福島市郎さん。(編集は私と岡村祐策氏)

三月十一日に発生した東日本大震災・福島原発事故がこの本に脚光を当てることになった。一九五〇年代末からの兵庫県内の原発建設の動向と、それを阻止したたたかいの歴史がこの本に記されていたのだ。

私も本棚に埋もれていたこの本を取り出し、読み返し、あらためて福島さんの先見の明に驚くとともに、党議員団の役割、住民運動の重要さを痛感した。市議選での個人演説会での弁士に名乗りでて、この歴史について四カ所で話をしたが、メモをとって熱心に聞いてもらい、「そんな歴史があったのか。はじめて聞いた」など、大きな反響があった。

選挙後の六月には朝日新聞から取材を受けた。「なぜ私のところにまで来られたのか」と記者に問うと、「兵庫県にはなぜ原発がないのか、建設の動きがなかったのかを調べることになった」との答えであった。香住町でのたたかいについては党但馬地区委員会を紹介した。

安全神話ふりまいた「神戸新聞」

1960年12月15日付『神戸新聞』1面
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『革新の旗をかかげて』には「問題をいっきょに表面化させたのは一九六〇年十二月十五日付の神戸新聞の報道であった」と紹介されている。その記事の細部を知りたいと思い、姫路市立城内図書館で閲覧した。

一面の左半分・九段にわたる大きな記事であり、「関電原子力発電所/御津町が最有力地/38年10月に着工/来年から用地交渉」の見出しの下、本文では、計画の概要や御津町を最適とした理由を報道している。

「解説」は見出しこそ「地元へは慎重な構え」としているが、「播磨工業地帯とくに赤穂地区の発展を考えれば、設置地点としては妥当」と主張している。

1960年12月15日付『神戸新聞』11面
ダルブクリックすると拡大して読めます
また、外国の例をあげ、「住宅地または工場群の真ん中に、原子力発電所が建設されている例が少なくない。原子力学者などの専門家が『絶対に放射能の被害はない』と保証すれば、付近の住民はいたずらに設置反対を叫ばない。『(略)外国人の方が不思議なほど合理的な考え方をもっている』(平井電発副総裁)。このことは冷却水の使用にもいえる。(略)外国では下流でこれを飲料水に使っている」と安全性を強調している。

こうした動きに対し、御津町、家島町、南淡町、香住町などで反対運動が展開され、『革新の旗をかかげて』に記されているように、どこでもその先頭に日本共産党と党議員が体を張って住民とともに奮闘している。

今、これらの歴史と事実を、一人でも多くの国民に語り、広げていかなければならないと思う。


(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

救援ボランティアレポート(第4回)福島県いわき市

支援の隙間埋める課題も
日本共産党兵庫国政委員長 堀内照文

保育所での側溝除染作業
日本共産党兵庫県委員会第四回救援ボランティアは、神戸、尼崎、淡路、丹波、姫路などから総勢九人で七月二十九日朝神戸を出発し、三十、三十一の両日、福島県いわき市内で活動し、八月一日帰神しました。

一日目は全員で、いわき市立四倉保育所の側溝の除染作業。二日目は同保育所の雨どいの掃除と、雇用促進住宅へ聞き取りの二手に分かれて、活動しました。
いわき市内の現在の放射線量は毎時〇・二マイクロシーベルトですが、四倉保育所では、側溝で毎時三・五六マイクロシーベルト、かき出した汚泥は毎時四・三八マイクロシーベルト、雨どいにいたっては毎時十七マイクロシーベルトもありました。マスクや手袋、雨がっぱなどで防護をしながら作業を終えると、値は毎時〇・二マイクロシーベルトにまで下がりました。

雨どいの除染作業
土日でしたが、所長さんや保護者会会長さんらがかけつけ、「子どもたちを外で遊ばせてやれない」「土砂の捨て場がなく、除染作業がすすまない」などの不安を語るとともに、「わざわざ遠い所を本当にありがとうございます。こんなにしてもらって…」と保護者の方から涙ながらに喜んでもらえました。
「津波で流されたけど、何とか脱して助かった」「原発爆発直後は、妻と娘をタクシーに乗せ千葉まで避難させた」など、雇用促進住宅では被災当時の生々しい体験が語られました。そして、当座の生活資金、商工業再建への支援制度の拡充などの要望が出され、病人をかかえたお宅では、救援物資の要望も出され、手配しました。

なかには、「避難先の神奈川県で三月末に生まれた子です」と乳飲み子を抱えた若いお母さんも。家屋被害はないが放射能汚染の危険から避難されている世帯については、現行では何の支援対象にもなりません。そうした“隙間”をいかに埋めるかも、今後の重要な課題です。

雇用促進住宅には抽選で入っているものの、久ノ浜や豊間といった同じ地域の被災者がある程度まとまって入居しており、「孤立している人への支援が必要」との声がある一方で、元のご近所さん同士が集まってお茶を楽しんでいるお宅もありました。久ノ浜の商店街は、小学校の校庭での仮設店舗が決まっており、再スタートの一歩を踏み出そうとしていました。まだ地震、津波と火災に原発事故で壊滅的な被害を受けた地区全体の復興の計画も、再建の目処もたっていませんが、明るいニュースでした。
また、行動のなかで、「東電や政府関係者は一度ここへ来て寝泊りをしろと言いたい」「民主党もひどいが、もともと原発を推進してきたのは自民党ではないか」「その点、共産党のみなさんはこうして足を運んで要望を聞いてくれる」「お宅がつくってくれた支援制度をまとめた冊子は役に立った。会社の従業員にもコピーして渡した」と、原発災害にたいする政治への怒りや党への期待を語ってくれた男性が、「しんぶん赤旗」日曜版を購読してくれることにもなりました。

お盆明けには第五回ボランティア派遣を予定(8月19日=金=朝出発~22日=月=夜帰着)。引き続き支援を強めていきたいと思います。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

原水爆禁止世界大会へ青年がプレ企画

原発ゼロ、核兵器ゼロの声—兵庫から世界に


兵商連青年部協議会、民医連ジャンボリー実行委員会、民青同盟などの主催で、原水爆禁止世界大会の兵庫青年プレ企画「原発ゼロ‼ 核兵器ゼロ‼ ゼロコネクション」が七月三十日、神戸市中央区のまちづくり会館で開かれました。

被爆者の千葉孝子さんの体験談や、神戸大学工学部の金持徹名誉教授の、「『被爆』と『被曝』」と題した講演を聞いた後、参加者でグループディスカッションをおこないました。

学生グループの討論では、「被爆者の方の話で、子孫まで影響すると聞いてあらためて原発・放射能の怖さを感じた」「ボランティアで福島にいったりして原発に興味もった。被爆者の方が、原発の推進を許してきたことへも責任を感じていることに心うたれた」などの感想とあわせて、「核兵器は本当になくせるのか?抑止力も必要じゃないか」と議論。世界の平和の流れなども紹介し、世界大会でその流れにふれようと交流しました。

集会後は、元町から三宮まで元気にパレード。「原発いらない」「核兵器いらない」「太陽光がいいね」「風力いいね」「一緒に歩こう」などと練り歩くと沿道から「がんばれ~」と声がかかり、携帯電話で写メをとる人もいるなど大きな注目を集めました(写真)。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

党東灘・灘・中央地区 青年支部のつどいで入党

子育て交流しながら学べる

日本共産党東灘・灘・中央地区の青年支部は七月三十日、「自然エネルギーを考えよう」と、つどいを開催し、青年ら九人が参加しました。

支部では、原発事故をうけて、放射能への不安も率直にだしあいながら、つどいを計画。この日に向けて、不破パンフなどの学習や、「どんなエネルギーがいいですか?」とボール投票宣伝(写真)などもとりくんできました。

子育て中のメンバーのために居住支部の力も借りて、「託児所」コーナーをもうけ、じっくり学べるように工夫しました。

つどいでは、廣岡豊・神鋼火力発電公害問題灘区連絡会事務局長が、プロジェクターを使って、原発の問題点、自然エネルギーへの展望を、ドイツの例なども交え、語りました。

参加者のひとりOさんは、支部のメンバーと児童館で知り合い、子育ての相談をするなかで仲良くなり、今回出席しました。Oさんは、「原発の問題点や、自然エネルギーへの展望がよくわかった。灘区に火力発電があって大気を汚染していることにもびっくりした」「子育ての悩みも交流しながら、こんな勉強ができるのはいい」とすぐに入党を決意しました。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

三田市議補選:長尾明憲氏初当選

日本共産党市議団の値打ち訴え

長尾明憲氏
三田市議補選(改選数三、立候補五人)は七月二十四日、投開票が行われ、日本共産党の新人・長尾明憲氏(33)が三位で当選しました。

長尾氏の得票は五千四百一票、得票率19・49%で、昨年の参院比例票三千三十五票の1.78倍を獲得しました(投票率34.11%)。

当選は長尾氏の他、みんなの党の新人と民主党推薦の新人。

日本共産党は、東日本大震災の復旧・復興、原発問題で果たしている同党の役割と三田市で市民の願いにこたえ奮闘している党市議団のかけがえのない値打ちを訴えました。

長尾氏の当選で三議席の党市議団が回復。議席占有率は12.5%。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

社会保険病院存続へ法律つくらせた住民運動

住民の会が報告集会=神戸市北区=

社会保険神戸中央病院を守る住民の会は、社会保険・厚生年金病院を公的病院として存続させる「独立行政法人地域医療機能推進機構法」の成立を受け、七月三十一日に北区のすずらんホールで報告集会を開き、五十人が参加しました(写真)。

開会にあたって田中章之会長が「みなさんの運動で法案成立、これからも医療の中身を充実させるためがんばろう」とあいさつ。来賓・祝電紹介のあと、「社保・年金病院等の公的存続をめざす全国連絡会」の大島賢幹事が講演を行いました。住民が「存続のための法案」をつくらせたことは初めてだが、条文中に施設売却の可能性がまだ残されているなどいくつか問題点があることを指摘し、今後は①売却させないための地元自治体首長・議会への働きかけ②一刻も早く法律を施行させる運動③患者・利用者の立場で地域医療を推進させるため地域協議会に住民代表を参加させること―などが提起されました。

集会には来賓として日本共産党から森本真・味口俊之両市議、民主党から向山好一衆院議員・人見誠市議、芦屋市民病院を守る会から副島圀義氏が出席。メッセージは社会保険神戸中央病院の西尾晃院長、北区歯科医師会の森鼻健史会長、日本共産党から山下よしき参院議員、金沢はるみ市議(母親大会に出席中)、民主党から井戸まさえ・高橋昭一両衆院議員から寄せられました。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

神戸市原爆被害者の会会長 松尾正敏さん

広島・長崎から66年 核兵器・原発NO!

「毎年8月上旬、神戸駅南地下街で原爆写真展をひらいている」
と語る松尾さん(72)

岡山県笠岡市で生まれ育ちました。軍医だった父の転勤で45年、広島市に移り住みました。3人弟妹です。妹は2月に生まれたばかりでした。

真っ青な空に見た落下傘

あの日、8月6日は夏休み登校日でしたが、母が寝坊したこともあって、私と弟は学校に行きませんでした。朝、弟と2人で窓から南の空をぼーっと眺めていました。真っ青な空でした。東から西へ落下傘が2つ落ちてきて、真正面で見えなくなりました。その瞬間、右後頭部に激しい衝撃を受け、フラッシュを浴びたような強烈な光を感じました。

家は爆心地から2・5㌔弱、山の中腹でした。キノコ雲が右前方に見えました。石油が燃えているような真っ黒な雲でした。しかし視界の左半分は真っ青な空のままでした。忘れられない光景です。いまでも毎年、8月6日の朝は西の空を見上げます。

日赤病院近くだった学校は丸焼け。大勢の先生や友だちが亡くなりました。岡山県大野浦に出張だった父は、列車に乗り遅れたのが幸いし助かりました。

3日後、行方不明の伯父を捜しに家族で広島市内を歩きました。収容された負傷者の名札を1つひとつ確認しました。あとで宇品にいると分かりました。

終戦翌年、家族は岡山に帰りました。私は三次市で開業内科医だった祖父の治療を受けました。そのころ、父から「被爆を口に出すな」と言われました。被爆者は偏見をもって見られていました。

私が被爆者だと公表したのは歯科医をめざし日大歯学部に入ってからです。54年3月、ビキニ環礁での第五福竜丸被曝事件に出会ったのも一因でした。

被爆者手帳は30年前に両親や弟妹、家族全員で申請しました。

神戸市灘区で歯科医院を開業しました。神戸市原爆被害者の会に誘われ、入会したのは6年前です。患者さんに小学校の同級生がいて、その人が会員でした。昨年4月、会長になりました。

被爆者は高齢化し、会員も減少する一方です。10年先を考えると心配です。被爆2世も60代70代。私のところに体調不良を相談に来られます。不安を抱える2世も親世代同様に無料で精密検査を受けられるよう、いま私たちは兵庫県に申し入れています。

世界が知った原発と核の恐ろしさ

東日本大震災がきっかけで、原子力発電の怖さ、核の恐ろしさを世界に知ってもらいました。日本の原発を推し進めてきた歴代自民党政権の責任は重大です。もっと追及されて当然です。

被爆者として、原爆医療の発展に感謝していますが、被爆体験を背負って生きるつらさを、次の世代にまで繰り返させたくありません。私たち神戸の会は、これからも被爆者の苦しみを訴え、伝えていきます。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

障害者の明日を語り合うつどい

総合福祉法へ意見交流

第19回障害者の明日を語り合うつどい(同実行委員会主催)が7月24日、神戸市医師会館でひらかれ、約60人が参加しました。

開会挨拶で石倉勝実行委員長(兵庫障害者センター副会長)は「障害者自立支援法廃止後へ新法制定議論が、私たち自立支援法違憲訴訟原告団と厚労省が昨年1月確認した基本合意通りに進んでいない」と指摘しました。

鈴木勉佛教大学教授が「障害者自立支援法の廃止と障害者総合福祉法(仮称)づくりに向けて」と題し基調講演をしました。鈴木教授は「新法を考える際の基本は障害者権利条約」と述べ、06年採択、08年発効の同条約が、フランス革命やスウェーデンのノーマライゼーション(平等思想)原理など、世界の豊かな経験がもとになり成立した過程を紹介。新法に含まれるべき論点に「商品化・市場化・営利化・財政統制の廃止」などをあげました。

シンポジウムは6人が意見を述べました。「自立支援医療制度は自己負担を軽減する公費負担医療制度といいながら、従来ゼロだったものが1人約5千円負担になった」(森利孝さん・人工透析患者)

「放課後支援実施は神戸市北部で1カ所のみ。生まれ育った地域で学び働き生活できるよう環境整備してほしい」(水原ひとみさん・特別支援学級在籍児童7歳の母親)

「アパート入居拒否や介助犬の入店拒否など、社会参加したくても整備はまだまだ不充分」(杉本勝恵さん・視覚障害者)

「災害では聴覚障害者が置き去りにされてしまう。日常生活の中で法的責任整備が必要だ」(小林泉さん・聴覚障害者)

「命を守ってくれている通所作業所が、成りたつ報酬単価に、専門性に見合った職員給与にしてほしい。健常者も障害者も同じ命」(田中昌子さん・重度知的障害児の母親)

「65歳を超えると介護保険優先になる。自分でケアプランを組めない、障害に合った車椅子が使えないなど、不便が多い」(原静子さん・車椅子利用障害者)などの発言がありました。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

ひょうご福祉ネットワークが総会

災害援護資金特例は成果

ひょうご福祉ネットワークの第16回総会が7月30日、神戸市総合福祉センターでひらかれ、相談活動ボランティアら10人が参加しました。

同会は阪神・淡路大震災直後から被災者相談を始め、現在も神戸市内5カ所で巡回相談を毎月実施。昨年度の相談総数は80件。一昨年より2割減ですが、内容は健康問題や生活苦など深刻化しているといいます。

活動報告で、元ケースワーカーの正津房子さんは「案内ビラをにぎりしめ相談に来る人が印象的。近況を伝えに毎回顔を出す人もいる。炊き出しのカレーや豚汁も好評」と述べました。

方針として①毎月の巡回相談と被災者懇談会の案内をより多くの人に②市や県、国に被災者の実態を伝え対策強化をはかる③東日本の被災地との交流―などを確認しました。

意見交換では「災害援護資金は、残念ながら東日本限定だが、保証人をつけると無利子になり、返済期間延長などの特例が認められた。16年の運動が実った」「借り上げ住宅問題で神戸市は強硬姿勢を崩さない。大きな運動にしていこう」などが話し合われました。

(2011年8月7日付「兵庫民報」掲載)

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