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2011年6月26日日曜日

「原発撤退」署名をすべての大学生に

日本共産党は六月中に「原発撤退」を求める大学門前宣伝を全地区で取り組もうとしています。

党地区委員長を先頭に、甲南大学門前で宣伝
――東灘・灘・中央地区委員会


東灘・灘・中央地区は、全員で大学門前宣伝に取り組もうと決め、稲角守生地区委員長を先頭に総勢十人で十七日、神戸市東灘区の甲南大学門前で「原発撤退」宣伝をおこないました(写真上)。

チラシを配布しながら、シール投票や原発撤退署名をよびかけるとどんどん対話がひろがり、五十分間で二十五人が署名に応じました。

「今すぐなくすのは無理じゃないか」という学生にも、「自然エネルギーの潜在能力は、原発を大きく上回っている。自然エネルギーへの転換をすすめながら、原発から撤退をせまっていくんです」と応えると、「なるほど」と感心したようすでした。

力重美智子地区副委員長は、「みんなまじめに考えているね。学生相手の宣伝は楽しかった」と話しています。


雨の中、支部の党員、青年と伊丹市議らでお帰りなさい宣伝
――阪神北地区委員会

阪神北地区委員会では、伊丹市委員会のメンバーと青年たちが十六日夜、JR伊丹駅前で宣伝を行ないました。学校帰りの高校生や大学生、サラリーマンも足をとめ、シール投票には、二十九人が参加し、署名には二十六人が応じました。

原発政策の今後を問うシール投票で、「現状維持」にシールをはった高校生に、「なんで?」と聞くと、「電力が心配」というので、「自然エネルギーで、十分まかなえますよ」と日本共産党の政策を紹介すると、「本当ですか」と署名してくれました。

宣伝に参加した吉見秋彦地区青年学生部長は、「みんな関心をもっているけど、情報がないから『知りたい』という思いが強い。ぼくらの話も真剣に聞いてくれるし、わかれば署名もしてくれる」と話しています。同地区委員会では、六月中に、大手前大学稲野キャンパス、関西学院大学三田キャンパスでの宣伝も予定しています。(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

原発なくそう署名 対話深め125筆

川西市:黒田議員と東谷後援会

署名を訴える黒田議員(右)
「原発ゼロへの世論を盛り上げよう」と、日本共産党の黒田美智川西市会議員と東谷地域後援会は六月十九日(日)、畦野・コープ前で「原発からの撤退を求める署名」を実施。八人で百二十五筆の署名を集め、不破パンフ『「科学の目」で原発災害を考える』二冊を販売しました。

黒田議員がマイクで訴えたほか、後援会で独自に作成したビラと日曜版を使って対話しました。

「テレビで体内被曝の怖さを知った」という女子高生や「五歳の時に疎開先の広島に原爆が落とされた。原爆も原発も怖い」と語ってくれた70歳女性の他、「電力不足をいうが、夜は眠るという人間らしい暮らしに戻ればいい」「ソーラー発電にもっと補助を」「電気が無くなると困るし、もっと勉強して今度する」など、さまざまな意見が寄せられました。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

東日本大震災救援バザー:70万円以上の売り上げ

ご協力ありがとうございました

東日本大震災救援バザーが、実行委員会と日本共産党兵庫県女性後援会の共催で六月十八日、神戸市兵庫区の党兵庫県委員会事務所で開かれました。

県内各地から寄せられた数千点の品物や被災地からの野菜が所狭しとならべられた会場に、近所の人々や後援会員・読者ら五百人超が詰めかけました。七十万円以上となった売り上げは、少額の経費を除いて被災者への義援金と被災地党組織への支援として送ります。

実行委員会では引き続き、各地でバザーを開き被災地への長期にわたる支援を続けることにしています。



(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

民青地区委員会の再建へ党西宮芦屋地区委員会と民青同盟が懇談

日本共産党西宮芦屋地区委員会は六月十九日、地域の民青同盟員と民青地区委員会再建に向けて、懇談を行ないました。

党地区委員会から庄本けんじ地区副委員長といそみ恵子県議が参加し、地域の同盟員三人が集まりました。民青同盟の力重智之県委員長と、党県青年学生委員会から上園隆委員も同席しました。

はじめに「三分間スピーチ」でそれぞれの近況を交流したうえで、民青同盟中央委員会が発行している「全国地区委員会活動交流会」(二〇〇九年)の問題提起を読みあわせ、同盟員側から、それぞれの実態を紹介しました。

大学三年生のIさんは、「今年の三月危うく学費未納で除籍になるところだった。奨学金以外に三十万円借りてその危機を乗り切った、今も毎月八千円ずつ返していていて苦しい」と深刻な実態を話しました。

仕事の関係で最近、西宮に引っ越してきたというNさんは、「この地域にどんな人がいるのか知らないので班会を開いてつながっていきたい」と発言しました。

力重民青県委員長は、「同盟員のなかにも切実な実態がある。青年の居場所になる班会議の開催を支えていくためにも、地域の青年の願いにこたえるためにも、民青地区委員会が必要。再建のためにぜひ定期的に集まりたい」と話し、次回は七月十六日に集まることになりました。参加した、いそみ県議も、「こういう集まりを継続していきながら、民青地区再建につなげていきたい」と話しています。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

民青同盟が中高生「無料塾」 :学ぶことの楽しさを

質問しやすい雰囲気が好評

民青同盟兵庫県委員会は六月十九日、中高生を対象にした「無料塾」を神戸市中央区の民青県委員会で開催。高校講師や大学生らを講師に、高校生が英語や数学を学びました。

英語の講師となったのは大学を卒業したての現役の高校講師。「maybeという言葉は、八~九割そうだというときでもよくつかわれるけど、実は50%程度。本当は半信半疑の時に使うんだよ」など正しい使い方なども紹介しながら、宿題を一緒にやりました。

数学では、現役大学生が講師。集合や、因数分解、絶対値などのところを記号の意味もていねいに話しながら、問題を解いていきました。

昼休みには、スタッフが用意したスパゲッティを食べながら交流。それぞれの趣味など交流。

休憩をとったり、おしゃべりもしながら、朝十時~午後四時までじっくりと勉強した高校一年生のTさんは、「すごくよくわかりました! 学校の勉強やったら聞けないことも、ここではすごく聞きやすい雰囲気でよかった。また次もやりたい」と話しました。

この日は来られなかったけれど、電話で「孫を参加させたい」などの問い合わせもあり、次回は七月二十六日(火)に行なうことにしています。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

6月議会:三木:「神鉄三木駅の駐輪スペース確保を」

朝宣伝で寄せられた声もとに
日本共産党三木市議 板東聖悟

板東聖悟議員
三木市議会の六月議会が開かれ、六月十日、私にとって初めての本会議質問を行いました。

三木市議会では、質問時間は九十分とたっぷりあり、ことしの三月議会より二回目の質問から一問一答方式での質問を行えるようになっています。

一回目の質問は事前に充分検討もし、納得のいく質問が出来たと思います。しかし、二回目以降の質問は苦い経験をしました。臥薪嘗胆、もっともっと勉強して、市民の声を聞いて本会議に望めるようしていきたいと思っています。

質問で取り上げたのは、手数料条例の改定、神鉄粟生線活性化、企業誘致の問題と住宅リフォーム助成制度の活用、自然エネルギー政策など。

神鉄粟生線活性化の問題では神鉄三木駅の駐輪場が一杯で使えない点について追及しました。これは朝駅ビラをまく中で市民の声としてあがってきたことを取り上げたものです。答弁で市は増設についてはすぐにはできないが、早急に放置自転車の撤去をして、スペースの確保を行うことを約束しました。

住宅リフォーム助成制度の活用については、地域経済を循環させ活性化している制度であり、三木市でも実施するよう訴えました。市は、明石市で大きな経済波及効果があったことを認めましたが、介護保険制度による住宅改造助成事業と三木市高齢者住宅改造助成事業があり、地元業者も十分恩恵を受けているとうことで、現在のところ考えていないとの答弁にとどまりました。

大眉均議員
十三日には大眉均議員が質問に立ちました。

大眉議員は、関西国際大学の看護学科誘致について、看護学科新設のための設備費九億六千万円の半分を三木市が負担するというもので、県内での看護系大学設置がこの間続いており、本当に運営できるのかと追及。

市立図書館移転問題については、多くの市民が現教育センターへの移転では活性化につながらないと心配しており、図書館の移転ありきで話が進んでいるのでないかとただしました。



(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

6月議会:川西:低所得世帯の国保税値上げ止めよ

北野紀子議員
川西市議会の六月定例会では、日本共産党の北野紀子、森本猛史、黒田美智の三議員が六月十日、十三日、一般質問に立ちました。住田由之輔議員は副議長を務めています。

北野議員は、現在、簡易耐震診断推進事業が実施されているが、費用負担など、経済的な理由から耐震改修までいたらないという実態があることを指摘。東日本大震災を受け、いつどこで起きてもおかしくない大震災に備え、川西市でも、新たに所有者の負担軽減策や事業の周知や建築物への耐震化の重要性について意識啓発を強化するよう求めました。

森本猛史議員
森本議員は、川西市の前回の市長選・市議選の投票率は55.00%と前々回の59.02%から低下し、県議選の投票率も40.87%であり、投票率の低迷は、民主主義の根幹を揺るがしかねない事態であり、選挙の啓発強化を図るべきだと主張。特に若い世代が政治に関心を持つ方策を講じるべきだと訴えました。

これに対し市は、政治講座やポスター広報誌等でPRをしているが効果が見えにくい。継続が大事だと回答しました。

黒田美智議員
黒田議員は、これまで多額の市税を投入し続けてきた中央北開発の問題を取り上げました。

同開発は、県の事業認可を得、二〇一九年度末の換地処分に向けて事業が本格的にスタート。市は、「医療」「住宅」「集客」など多機能が連携する次世代型複合都市をめざすとしています。

黒田議員は、医療施設の導入が新たにクローズアップされたことによって市立川西病院をはじめ近隣周辺の医療機関に影響があることを指摘。

市は、現在どんな医療施設が来るのか未定だが連携を図りたいと答弁しました。

また、三月議会で賛成十三、反対十二という僅差で決まった国民健康保険税値上げについて、黒田議員は、せめて滞納世帯が多い所得百万円以下世帯の値上げをやめるべきと迫りました。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

トムソン裁判:裁判長が和解勧告

控訴審で職場復帰求める原告たち

日本トムソン(姫路市書写)を相手どり、期間雇用社員が解雇撤回と正社員化を求めている裁判の第1回控訴審が6月17日、大阪高裁第9民事部(松本哲泓裁判長)でひらかれました。支援者ら約50人が傍聴しました。

プレミアラインからの派遣社員として、日本トムソン姫路工場で働いていた、島村賢治さん(37)ら原告たちは09年3月、「生産減」を理由に契約期間満了前の雇い止めを通告されました。

すぐにJMIU日本トムソン支部(前尾良治委員長)に加入。兵庫労働局に直接雇用の指導・勧告を求め、申告しました。兵庫労働局は派遣先・派遣元の職安法違反や派遣法違反を認定し、是正指導しました。このため会社は、希望した労働者を有期社員として09年10月までの6カ月間、直接雇用しました。

しかしそれ以降の延長を拒否したため09年4月、直接雇用を求めて9人が神戸地裁姫路支部に提訴しました。

ことし2月の判決は被告・会社の法違反を認定しながらも、雇用責任を否定。1人あたり50万円の慰謝料支払いだけを命じました。正社員としての復職を求める原告たちは即刻控訴。被告・会社も慰謝料支払い命令を不服とし控訴しました。

この日朝、組合は高裁前で、非正規労働者の闘いへの支援を呼びかける宣伝行動をおこないました。また公正裁判を求める団体署名293筆と個人署名1892筆を高裁に提出しました。

裁判冒頭、松本裁判長が原告・被告双方に和解を勧告。別室で協議に入りました。

終了後、吉田竜一弁護士が裁判支援者らに報告しました。金銭解決でなく復職を求める原告側に対し、被告・会社は、あくまで判決を求める姿勢を崩しませんでした。第2回和解協議は8月5日におこなわれます。

吉田弁護士は「同様に復職を求めて大阪高裁で和解協議中の日本化薬偽装請負裁判と、トムソンの闘いとを連動させ、運動を広げよう」と強調しました。

前尾委員長と島村さんも、いっそうの支援を訴えました。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

神戸市就学援助申請と講演のつどい

教育費完全無償化求め

学校現場に現れている子どもの貧困を
報告する中村治子さん
神戸市の就学援助申請と講演のつどいが6月16日、神戸市婦人会館でひらかれました。兵庫県生健会神戸市協議会、兵商連婦人部協議会、新婦人兵庫県本部でつくる実行委員会が主催し、約30人が参加しました。

就学援助制度は、義務教育無償とする憲法に基づき56年法制化、神戸市では63年から実施しています。小中学生をもつ家庭に学用品・給食・修学旅行などの費用を補助します。民主団体の運動が実り76年から集団直接申請が始まりました。ことしは35年です。

来賓の大瓦鈴子共産党神戸市議が挨拶。神戸市教育委員会が昨年から直接申請を廃止し学校申請に一本化しようとしている状況を説明。諸団体が市と交渉を重ね、ことしも直接申請を認めさせた経緯を述べました。「一本化させず、多様な申請を守る運動をつづけよう」と呼びかけました。

元尼崎市小学校教諭の中村治子さんが「学校から見える子どもの貧困を考える」と題して講演。家庭訪問で親が失業中と気づくなど貧困が見えにくい実態を紹介。「家庭の状況は変わるのだから、全生徒に就学援助申請用紙を配ってほしい。制度を使うなかで、不備を改善させていこう」と述べました。

参加者は「教育費の完全無償化を求め、直接申請を守り、制度の活用・拡充をめざす」とする集会アピールを確認しました。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

恒例「9条田んぼ」田植え:新婦人県本部・農民連

「憲法9条を守って平和な世界をつくろう」、ことしで6回目になる新婦人兵庫県本部主催・恒例「9条田んぼ」の田植えが6月18日、明石市江井島でおこなわれました。

心配された雨が、田植え作業中だけあがる幸運に恵まれ、家族連れなど約40人が参加しました。ことしも農民連の地元農家、中嶋努さんが1.5aの田んぼを提供しました。

ロープで「9」を描いて、数字部分に実ると黒くなる紫黒米を植え、そのまわりにヒノヒカリを植えました。

神戸市須磨区から来た、伊与田萌さん(小学3年生)と伊与田和真さん(2年生)は、いとこ同士。昨年初参加し、ことしも楽しみにしていました。尻もちで泥だらけになっても平気。大人に教わり、懸命に植えました。昨年来られなかった収穫作業も「ことしは絶対来たい」と話していました。祖母の久代さん(67)は「農民連の産直米を食べています。孫たちに安全安心なものを食べさせたいので。野菜もよく食べますよ」と語っていました。

「9条田んぼ」の収穫は10月末を予定しています。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

2011年国民平和大行進:日本海コース

核兵器廃絶を訴え、富山から広島まで歩く、ことしの国民平和大行進・日本海コースの行程を原水爆禁止但馬協議会が発表しました。

【7月4日・月】▼京都からの引き継ぎ・河梨峠豊岡市側14時▼城崎コース:城崎大会議館前・出発集会15時30分→商店街を行進→JR城崎温泉駅前16時30分▼豊岡市コース:豊岡市民会館北側駐車場・出発集会17時30分→生田通・東進→宵田商店街→豊岡市民会館19時

【5日・火】▼出石コース:そば処出石城出発13時→田結庄通→出石総合支所前→そば処出石城16時▼日高コース:JR江原駅出発17時30分→312号線右折→428号線直進→日置→日高商工会館裏→JR江原駅18時30分

【6日・水】▼村岡コース:香美町役場村岡地域局出発10時→老人福祉センター右折→西本町→殿町→川上→村岡地域局11時30分▼香住コース:B&G海洋センター出発13時→一日市橋・右折→岡見公園→香美町役場14時30分

【7日・木】▼養父コース:養父市養父地域局出発10時→Yタウン→県道左折→三笠屋サイクル左折→養父地域局11時30分▼八鹿コース:養父市役所出発13時→諏訪橋→大森区公会堂→八鹿高校→養父山崎線→谷常→養父市役所14時30分

【8日・金】▼山東コース:JR梁瀬駅出発15時→9号線→朝来市役所山東庁舎→梁瀬中学校→9号線→JR梁瀬駅16時30分▼和田山コース:朝来市役所出発17時30分→駅前センター街→高畑石材店右折→JR和田山駅前→玉置橋右折→朝来市役所19時

【9日・土】▼温泉コース:夢千代像前出発10時→旧温泉町内行進▼浜坂コース:JR浜坂駅前出発11時→新温泉町役場▼鳥取県に引き継ぎ:JR東浜駅14時

順路・時間ともに変更される場合があります。また、ことしの日本海コース通し行進者は次のみなさんです(敬称略)。

全国=櫻井正男(東京都・豊島5丁目団地9条の会)、県内=西村幸枝(但馬医療生協)、米田勝(但馬民商)、片山寿三(平和遺族会)、湊崎紀代美(但馬原水協)。

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

一コマまんが

内輪もめ、権力闘争のときか?



間 康成

(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

東日本大震災被災地へ全国各地からボランティアが連日支援に入っている。大震災の経験を持つ兵庫からも多くの人が現地を訪れている。そして、「支援報告会」も各地で開かれている▼「想像以上の現実に声が出なかった。東北の人は感情を表に出さず、家族を亡くした人も心の中で抱えている。家に泥がたまったままなのに『もっと大変な人がいる』と助けをもとめない」と話される▼しかし、泥出しやふきそうじなどを手伝いながら阪神・淡路大震災当時の話をしていると「当時の恐ろしさをぽつぽつと話してくれて、帰る時には『もっとはやくボランティアを頼めば良かった』と言ってくれて涙の別れになる」とのこと▼そのなかで、四歳の子が手を洗っていて水が流れると「やー、ツナミ! ツナミが来た!」と言ったということも聞いた。小さな子どもの中にも強い恐怖が残っていることに胸が痛んだ▼こういう報告を聞くたびに「自分にも何かできないか」と考えるが、高齢で腰痛があり体調が思わしくない小生は、十時間を超える往復の移動に耐えられるか、現地へ行っても「かえって迷惑をかけるのでは」と、気持ちばかりの支援カンパに思いをこめて協力した。 (N)
(2011年6月26日付「兵庫民報」掲載)

2011年6月19日日曜日

講演会:原発問題とエネルギー政策の転換を考える

日時:6月25日(土)午後2時開会
会場:県立のじぎく会館ホール(県庁から北へ徒歩5分)
講演:笠井亮衆院議員
(党中央委員会原発・エネルギー問題対策委員会責任者)
主催:日本共産党兵庫県委員会

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

レッドパージ兵庫訴訟が控訴

良心と憲法に基づく判決求め

請求棄却の神戸地裁不当判決から2週間、レッドパージ兵庫訴訟の原告が6月9日、判決に不服とし大阪高裁に控訴しました。

控訴状提出のため神戸地裁へ入る(右から)原告の川崎義啓さん、安原清治郎さん、大橋豊さん

3人の原告、川崎義啓さん(94)、安原清治郎さん(90)、大橋豊さん(81)は、そろって神戸地裁へ控訴状を提出しました。代理人の松山秀樹弁護士、西田雅年弁護士が同行しました。支援の人たち約10人が見守りました。

神戸市総合福祉センターで報告集会がひらかれました。控訴趣意書を自ら書き、近く提出する大橋さんは「3人の被害の実態をよりいっそう明らかにしたい。連合国最高司令官、地裁判決ともに、平和と独立の大元、ポツダム宣言に反している事実を主張する。高裁でも良心と憲法に基づいた判決を求めつづける」と語りました。

川崎さんは「勝つに決まっていると思っていた。長生きしなければ。もちこたえて、がんばりたい」と挨拶しました。

安原さんは「自分は正しいことをやっているだけ。年齢的にもしんどいが、みなさんが応援してくれるから生きていける。3人だけでは闘えない」と述べました。

日弁連会長も談話発表

5月26日のレッドパージ兵庫訴訟神戸地裁判決に対し、日本弁護士連合会の宇都宮健児会長が6月3日、談話を発表。「当会が2度にわたり勧告しているとおり、レッドパージによる日本政府の責任は重大。今回の判決は、損失補償について立法府の政策的判断に委ねられていると判示しているが、政府は立法府へ何ら働きかけをしていない」とし、適切な措置を講ずるよう強く求めています。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

第2回救援ボランティア募集


6月23日夕~27日朝

  • 期間=6月23日(木)~27日(月)/23日午後6時30分JR加古川駅前をマイクロバスで出発。27日午前8時加古川駅に帰着予定。
  • 活動地域=福島県いわき市内。
  • 作業内容=民家の片付け、地域の清掃、泥・海砂除去、被災者訪問(要望聞き取り)など。現地まで往復のマイクロバス運転手も募集。
  • 費用=食費などは自己負担。ただし加古川・現地間バス運行費とボランティア保険料は党負担。
  • 宿泊=現地センター(毛布、寝袋の用意あり)。センター周辺にスーパー・コンビニ、コインランドリーあり。センター内にも簡単な調理設備。

宿泊施設(旅館・ホテルなど)の利用、別途交通機関の利用の場合はそれぞれ自己負担。
応募・問い合わせは、党県委員会☎078・577・6255、または各地区委員会まで。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

日本共産党近畿ブロック事務所が関電本店交渉

原発から撤退を

日本共産党国会議員団近畿ブロック事務所は六月十三日、吉井英勝、宮本岳志両衆院議員、近畿二府四県の地方議員らとともに、原発からの撤退などを求め、関西電力本店(大阪市北区)と交渉しました。

要望は、▽原発依存を転換し原発ゼロへの計画をつくる▽運転停止中の原発停止、新・増設しない▽過去の津波被害調査と津波対策の抜本的見直し▽老朽原発の廃止、プルサーマル計画の中止などです。

関西電力(手前)と交渉する(左から)吉井、宮本両衆院議員ら

「安全神話」固執を批判

吉井衆院議員は、「地震確率0.0%の福島原発で事故が起きた。関電は原発依存率が五割と高く、近畿の水がめ・琵琶湖は、原発が集中立地している福井と隣接している。被害が起きれば今の東電どころではない。原発は根本的にやめるべきであり、再生エネルギーへの転換を」と強く要求。関電が打ち出した15%節電については、電力会社には電力提供の義務があることを指摘しながら、データ公表を求めました。

関電側は原子力燃料サイクル部長らが対応。「エネルギーの安定供給のためには原発は必要」「電源が確保できず、冷却機能が失われても冷温停止できる」「停止中の原発の運転再開は経産大臣から安全上支障はないと言われている」など、引き続き「安全神話」に固執し、原発依存を続ける姿勢を示しました。

設計想定年数三十~四十年をこえた老朽原発について関電側が「適切に管理することで六十年間運転は可能」と述べたことに対し吉井議員は「無謀の極み」と厳しく批判、宮本議員は「安全神話」からの決別を重ねて求めました。

天正大地震(一五八六年)で起きた若狭湾沿岸の津波被害の調査については「調査方法を検討しており、まとまり次第、実施の可否を検討する」と回答しました。

宮田しずのり兵庫県議は、使用済み核燃料の再処理技術が確立されていないことを指摘して原発からの撤退を主張。滋賀県の節木三千代前滋賀県議は、「関電はこれまで何度も事故を起こしてきた。その反省に立って『安全神話』を改めるべき」と訴え。和歌山県の高田由一県議は「日置川や日高の原発計画、御坊の放射線廃棄物の中間貯蔵施設計画はやめるべき」と求めました。

堀内照文兵庫国政委員長も参加しました。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

日本共産党灘区委員会が震災・原発問題でつどい

東日本大震災発生から三カ月目の六月十一日、日本共産党灘区委員会は、「震災と原発・エネルギー問題」を考える“灘区のつどい”を開き、五十七人が参加しました。

“つどい”では、味口としゆき神戸市議と広岡豊・神鋼火力発電公害問題灘区連絡会事務局長から、福島県いわき市などでのボランティア活動が報告されました。

避難所や借上げ住宅などを訪問し、「市長も来ない、地元から出ている議員も顔を見せない、まわってきてくれるのは共産党さんだけ…」との声を聞いたこと、大きな川の橋の上で「きれいな川でしょう。でも、ここの鮎は放射能に汚染されている。そんな町で生きていかなくていけない。この思いを全国に発信して欲しいと」訴えられたことなどを紹介しました。

つづいて、「福島原発とエネルギー問題」について、くらし学際研究所の落合淳宏氏が講演。一九七九年のスリーマイルの事故を機に米国は設計指針も変更して対応しているが、日本は〇六年に耐震指針を改訂したものの、七〇年代に運転を開始した福島原発では、新たな安全基準に見直すことなく今日まで「既存不適格」のまま運転が続けられてきた、と問題点を指摘。さらに、今後のエネルギー問題について、ドイツ、スイスなどで原発を廃止し自然エネルギーに転換することを決めていること、日本でも世論調査では「廃止すべき」が多数に変化していることなどをわかりやすく語りました。

質疑応答では、参加者から「メルトダウンして再臨界は起こさないのか」「自然エネルギーの活用はどうなっているのか」など活発な意見が出されました。

「原発のことが良くわかった」と好評で、“不破パンフ”(二面に関連記事)も二十一部普及できました。

(党灘区委員会・西下勝)
(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

“不破パンフ”が大好評―「読みたい」「読んでほしい」


パンフレット『「科学の目」で原発災害を考える』(不破哲三著、日本共産党中央委員会出版局発行、百五十円)が兵庫でも飛ぶように売れています。

「(同パンフを紹介した)毎日新聞の記事を見た。不破さんのパンフはないか」など、各地の党事務所に問い合わせが相次いでいます。百冊以上活用する党支部もうまれています。「友人にも渡したい」と二冊、三冊と購入していく人も少なくありません。「(原発問題をとりあげた国会質問を収録した)『前衛』六月号を読みたい」との問い合わせもあります。

党尼崎地区委員会では、すでに七百冊以上のパンフレットを普及しています。

読んだ党員が「これはいい」と職場の同僚にすすめています。「一人に買ってもらったら隣の人にすすめないのは失礼」と、次つぎと声をかけると、七人が購入してくれました。小学校の同窓生にすすめるなど三十人、五十人と普及している党員もいます。

松村ヤス子尼崎市議は、「行政の人によく知ってほしい」と市の幹部を中心に四十五部を普及しています。

党丹波地区委員会の丹南地域支部では、同パンフのもとになった「古典教室(第四回)」を視聴。「とてもわかりやすかった。とくに日本共産党が最初の段階から安全性抜きの原発建設に反対してきたことについて詳しく紹介されていたのがよかった」「スポット演説の参考になるし、訪問したとき、これで対話できる」「みんなに読んでほしい」など感想を交流。

ふだんは会議に参加できていない党員にもパンフレットを届けることにしました。支部のメンバーが次つぎ「知り合いにも渡したい」と持っていきます。「いろんな情報が流されるなかで、もっと多くの人にパンフの内容を知ってほしい」というのが支部長をはじめ、みんなの思いになっています。
(党県委員会学習教育部・井上光孝)


(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

党救援ボランティア福島県へ

感謝のことばに元気をもらって
日本共産党兵庫県書記長・松田隆彦

兵庫県委員会は、六月九日から十三日にかけて福島県いわき市への震災救援ボランティア第一陣を送りました。

今回参加したのは県下各地から駆けつけた十三歳から七十歳超の党内外の二十一人。私(松田)はその隊長役で参加し、足かけ五日間を有志と行動・寝食をともにしました。

いわき市の状況は、先に西宮と芦屋、神戸の各市議団のレポート(5月29日付、6月5日付掲載)にもありましたが、被災三カ月目の今も困難を抱えています。

海岸近くでは、片づけや家の修理にも手がつかない単身高齢者宅が残り、とくに、瓦屋根の被害は広範に広がっており、現地では「職人さんが来てくれるまで二年待ち」という話さえ出ています。また「罹災証明を申請したが返事がない」「被災判定に納得がいかない」など行政の対応の立ち遅れも目立ちます。

私たちは現地の党組織とも連携して被災家財の片づけや、がれきの処分、崩れた塀の撤去、被災状況調査と要求の聞き取りなどにとりくみました。

私たちが使えなくなったものを、紙、ビン、木材、金属などに分別し終えると、片づけに手が着かず途方に暮れていたお年寄りの表情が急に明るくなり、ボランティア参加者も「元気になってもらってよかった」と確信を深めました。

また隣家の人が「よそからボランティアに来てがんばってもらっているだけで、自分たちの家とは関係ないことでも元気が出た」とジュースなどの差し入れをしてくださるなど、大変歓迎されました。

津波被害の大きかった塩屋崎薄磯地域、四倉地域も視察しました。犠牲者のいちばん大きかった薄磯地域では、地震前は「遠浅なので津波は心配ない」と言われていたことで住民の避難が遅れ、犠牲が拡大したと聞きました。たくさんの家が土台だけを残して荒れ野が広がり、つぶれた消防車がまだ現地に残されていました。四倉地域の海岸では打ち上げられた漁船が真っ逆さまになったまま放置されていたり、沈没したままであったりと被害の凄まじさを見せつけられました。

また、被災者の皆さんから共通して怒りと不安が寄せられたのは、何と言っても福島原発事故です。政府や東電の無責任な対応に怒りの声が上がっています。子や孫の健康を気遣い、サッカーの練習もできず、家の中でしか遊べないお孫さんのふびんを嘆くとともに、「放射線測定を全地域でやって欲しい」「測定器を区長に提供して、こまめに測定すべきだ」との要求もあります。日本共産党が呼びかけている、原発からの撤退を求める署名にも快く応じてもらえました。


ボランティアの皆さんは、被災者からの感謝の言葉に逆に元気をもらいながら、献身的に奮闘しました。早々と二週間後の第二陣派遣(別項参照)に再度の参加を表明される方もありました。参加者の皆さんにこの場を借り、あらためて感謝申し上げます。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

県議団が宮城県訪問

「地方行革」の間違い浮き彫りに
 日本共産党兵庫県議・宮田しずのり

日本共産党兵庫県議団は、六月一日から三日の日程で、東日本大震災の被災地・宮城県を訪問しました。まず十六年前の阪神・淡路大震災とも違う、被害のすさまじさを感じました。見渡す限りのがれきの山、ぐちゃぐちゃになった車のかたまり、家々、鼻につく匂い。

同時に、地元の共産党議員団、役所の職員の懸命な活動を見て、被災者といっしょになって悩み、活動し、政治を前にすすめるために全力をつくした経験は、共通のものだと感じました。

兵庫からのさらなる支援と、「地方行革」などのまちがった方向を転換する必要性をあらためて強く決意しました。

党宮城県議団長と

「水道、電気などライフラインが復旧していないところも多い」「まだまだ被災者救援に全力をつくさねばならない」―一日に懇談した横田有史宮城県議団長の話が、被災地の現状を物語っていました。

兵庫県は、被災地のなかで宮城県を担当し、被害の大きな石巻市、南三陸町、気仙沼市の三カ所に現地支援本部を置いて、県や市町の職員を応援派遣しています。

保健師などの専門職が力を発揮

兵庫県は、三月二十二日からローテーションを組んで現在まで十二陣の応援をしていますが、特に、避難所や自宅避難している被災者を訪問し、直接、健康状態の相談にのったりしている保健師の方々は、地図を頼りに家々をくりかえし訪問するなど、救援の最前線でも奮闘していました。

自治体合併や公立病院減らし影響

石巻、南三陸、気仙沼もそうでしたが、宮城県には最近合併した自治体が多く、以前全体で七十一あった自治体が三十五にまでなっているそうで、「旧町長がいなくなって、連携がうまくいかなかった」との声も聞かれました。

また、三十六名の町職員が亡くなった南三陸町では、五月三十日にやっと電気が復旧し、仮設の役場で仕事をつづけています。

ここでは、地元の公立志津川病院が被災し、仮設で診療所を開いていましたが、公立病院減らしで休止した隣町の診療所を間借りすることになったそうです。

これまで政府がすすめてきた「民間任せ」「地方行革」の政策の間違いが浮き彫りとなっています。

漁協などと「一万年前から知っているような関係」に

宮城県知事は、企業参入の水産特区や復興増税を主張し、復興計画も、被災地の住民に建築制限をかけ、東京のコンサルタント(野村総研)まかせという、被災地の知事のなかでも特に被災者無視の姿勢が顕著です。

そのなかで、「漁協や農協との様々な協力・共同が広がっているのが大きな希望」「まるで一万年前からの知り合いのように急速に通じあっている」(中嶋廉宮城県政策委員長)との話に、感銘を受けました。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

いきいき署名・子ども署名を県へ提出

日本共産党の兵庫県委員会と県議団は六月十三日、医療費の無料化や少人数学級を中学三年生まで実施することや、保育所増設と保育料引き下げ、中学校給食の実施を求める「子ども署名」(五千三百五十筆)と、お年寄りの医療費の負担軽減・無料化と介護保険料・利用料の軽減と国保料引き下げのための助成を求める「いきいき署名」(七千七十五筆)を兵庫県知事あてに提出し、その実施を求めました。





写真:ふたつの署名を提出する日本共産党県議団と堀内照文兵庫国政委員長

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

新婦人が「原発ノー」署名行動とパレード

原発から自然エネルギーへ

東日本大震災から3カ月の6月11日、新日本婦人の会兵庫県本部(岸本友代会長)が「原発ノー! 自然エネルギーへの転換を!」と呼びかける署名行動・パレードを神戸三宮でおこないました。各支部から約70人が参加しました。

センター街東入口で「守ろう自然、守ろう子ども」「安心安全な未来を子どもたちに」などと書いたプラカードやタペストリーを手に、原子力発電からの転換を求める署名を呼びかけました。岸本会長らが「いまこそ核兵器も原発もない平和で安全な世界を。原発ノーの声を一緒にあげましょう」と訴えました。

神戸市兵庫区から買い物に来た40代の夫妻は「福島の原発事故は心配。子どもたちに何を残すのか真剣に考えたい」と話していました。愛知県から遊びに来た20代男性4人組も「大切な問題」と署名しました。制服姿の海上自衛隊員も足を止め署名。「北海道泊や福井県大飯の原発近くに友人がいる。大変気がかりだ」と語りました。

新婦人の会員たちは大丸前までパレードしました。垂水支部の稲毛雅美さん(35)は3歳と5歳の子どもの母親です。「エネルギー問題はむずかしいけど、しっかり勉強したい」と話しています。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

東園田九条の会6周年記念

品川正治さん講演会「この地が私の出発点」

「思い出深い東園田の地に呼んでもらってありがとう」と語る品川さん
尼崎の「東園田九条の会」(田中照夫呼びかけ人代表)がことし発足6周年をむかえ、記念講演会を6月11日、園田地区会館でひらきました。約170人が参加しました。同会はこの間、憲法9条をテーマにした講演会や学習会、映画会、駅頭宣伝を実施。地域の祭りでも毎年「九条寿司」を出店しています。

文化行事では東園田在住の播摩夏奈さんがソプラノで日本の四季の歌を演奏しました。

ことしは記念講演の講師に経済同友会終身幹事の品川正治さんをむかえました。

品川氏は「戦争と9条~私が歩んだ道」と題し、語りました。87歳の品川さんは、全損保労組の専従だったころ、東園田に住んだ経験があり「懐かしく、1も2もなく講演依頼を引き受けた」と冒頭で述べました。

幼い子どもを預け妻と大阪の関西労働学校に通い、1期生を優等で卒業。記念品がマルクス・エンゲルス全集だった思い出も披露。「私のその後の出発点が東園田」と語りました。そして「戦争を起こすのも、戦争を許さず止めるのも人間。誰がこの国を戦争できる国にしようとしているのか、誰がそれに反対しているのか」、憲法9条を指針に考えようと呼びかけした。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

第50回兵民協研究集会

子どもに確かな学力を

兵庫県民間教育団体連絡協議会(小島享会長)の第50回研究集会が6月12日、神戸市勤労会館でひらかれました。ことしのテーマは「子どもたちによりよく生きる確かな学力と平和な未来を切りひらく力を」です。約60人が参加しました。

文化行事は、とーふれんずがボブ・ディラン作「風に吹かれて」の替え歌を演奏。「♪どれだけ子どもたちを戦場へ送ればいいのか」と歌いました。

植田健男名古屋大学大学院教授が「新学習指導要領とどう向きあうか」と題して講演しました(写真)。植田教授は、改訂学習指導要領が「それまでとまったく基本設計が違う」と指摘。「国民を2つに分けて、下位7割を最低限の教育で切り捨て雇用の対象にもしない。すべての子どもに同じ教育内容を提供するものではない、と明確に打ち出している」と述べました。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

創作ダンスで被災地支援:藤田佳代舞踊研究所

「きょう生きて あしたも生きて あさっても」

第2章「ほら ね」
「私たちにできることは踊りだけ。被災地の子どもたちに観てもらえたら、とっても嬉しい」、モダンダンスの藤田佳代さんが、東日本大震災で被災した人たちに寄り添う踊りを創作しました。

第8章「竹は天をめざす」
ボランティア活動の知り合いを通じ、支援物資を送るなど連絡をとるようになった、宮城県気仙沼市舘山の児童養護施設、旭が丘学園に、DVDを送ります。録画撮りが6月12日、神戸文化ホールのリハーサル室でおこなわれました。

タイトルは「旭が丘学園のおともだちに きょう生きて あしたも生きて あさっても」です。テレマン作曲「12の幻想曲」にのせて踊り、演出・構成・振付は藤田さん。各曲に「昨日からの脱出」「花が咲く」「芽生え」などの題をつけました。

出演は、藤田佳代舞踊研究所の幼児科から研究科の65人。最年少は3歳です。短期間の稽古でしたが、みんな心ひとつに踊りました。また寺井美津子さん、金沢景子さん、菊本千永さんら7人が自ら作舞したソロを踊りました。

旭が丘学園は、家族と離れて暮らさざるを得ない18歳以下の園生約70人がいます。

録画の最後は被災地のお友だちにおくる全出演者からの呼びかけです
「とりわけつらい思いをしているに違いない人たちに、私たちの気持ちを受けとってもらえたら幸い。今後ほかの施設のお友だちにも踊りを届けたい」と藤田さんは語ります。

(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

ひなたぽっころりん(470)




(2011年6月19日付「兵庫民報」掲載)

2011年6月13日月曜日

救援ボランティア第2回参加者募集中

期  間:6月23日(木)〜27日(月)
活動地域:福島県いわき市
内  容:民家の片付け、地域の清掃、泥・海砂の除去、被災者訪問(要望聞き取りなど)他
     往還のマイクロバス運転ボランティアも募ります
宿  泊:日本共産党いわきボランティアセンター(いわき市平佃町)
                寝袋または毛布は準備されています
                センター周辺にスーパーやコンビニ、弁当屋、銭湯があります
     センター内にも簡単な自炊設備があります
費  用:レンタカー代とボランティア保険は党県委員会が負担しますが、
     その他の費用は自己負担をお願いします

23日午後6時30分にJR加古川駅前を出発
27日午前8時にJR加古川駅前に帰着予定
現地との往還はマイクロバス1台(20人程度)。運転手が確保できない場合は乗用車2〜3台に分乗(免許をもつボランティアで交代で運転)となることもあります。

現地までの往還に公共交通機関を利用したり、現地での別途宿泊施設を利用する場合(いずれも自己負担)は、
                6月24日(金)午前8時30分に、いわきボランティアセンター集合

参加申込:日本共産党兵庫県委員会(☎078-577-6255)または、お近くの党事務所まで


第3回は7月15日(金)〜19日(火)の予定です

2011年6月12日日曜日

東日本大震災救援バザー(18日)におこしください

日本共産党女性後援会と実行委員会

「兵庫の地から被災地へ物心両面の支援を」と、安武ひろ子・藤木洋子・大沢たつみ元国会議員をはじめとするよびかけによる実行委員会と日本共産党兵庫県女性後援会が六月十八日、神戸市兵庫区新開地の党県委員会事務所を会場に開く「東日本大震災救援バザー」が迫っています。

物品は十五日まで収集していますが、すでに、オーブントースター、ブランドスポーツシューズ、ミシン(新品)、ミキサー、かばん、播州織生地、焼酎、そうめん、ぬいぐるみなどが続々と寄せられています。

当日は十時開場。新開地商店街に面した一階に「バザー会場」が設けられます。掘り出し物が期待されます。

また、三階は「展示・交流の場」となり、安武さんの絵画展示、手作り小物や被災地からの野菜などの販売が行われます。軽食・コーヒーも販売します。

実行委員会は男女を問わず多数の参加・購入をと呼びかけています。

○6月18日(土)10~16時 党県委員会事務所(神戸市兵庫区新開地3丁目)



写真:バザー当日を待つ物品の一部

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

「第2次提言」もち、学生や大学教員を訪問


日本共産党兵庫県委員会

「第二次提言」など渡し学生と対話

日本共産党兵庫県委員会青年学生委員会は、青年学生ボランティアツアー報告冊子とあわせて、被災地支援の二次提言、「『科学の目』で原発災害を考える」(不破哲三)パンフレットをもって神戸大学の学生サークルや教員を訪問しました。

神戸大学学生震災救援隊では、震災ボランティアのようすを伝えながら、第二次提言やパンフを渡し、「日本共産党ととして復興に向けた政策や、原発問題の考えを書いています」と紹介すると、「原発問題は、関心も高いですからね。見させてもらいます」と受け取ってくれました。

阪神・淡路大震災のときに学生が一人亡くなった自由劇場(演劇部)では、「以前、ボランティアに参加したいという方もいたので、その報告をもってきました」というと、「こんなところまでわざわざありがとうございます」とこたえてくれました。原発パンフと二次提言を渡し、「こちらもぜひ目をとおしてください」と話すと、「わかりました。読ませてもらいます」と応じました。


(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

東日本大震災ボランティアオルグ・レポート

日本共産党兵庫県委員会 浜本信義

私は、中央委員会が呼びかけた、「被災地の党組織に対して、自治体ごとに分担して、救援・復興のための全国的な救援ボランティア」の派遣にあたって、土台を支える活動として五月十六日から、福島県のいわき市の地で活動をしているまっただなかです。
土台ばかりが残る津波の傷跡
党いわき・双葉地区委員会は、原発事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所のある大熊町を始め、七十キロ圏内にすっぽり入る九市町村をかかえています。

今でも余震が一日に五回、六回とあり、寝ていても飛び起きるほどですが、現地へ来てのほんとうの驚きは、ニュースで見る以上にケタ外れの津波の被害の大きさと原発事故による放射線量のことです。

津波は、堤防を打ち砕き海岸から五キロ、十キロ内陸まで何もない更地が続くという壊滅的な光景をつくるほどの破壊力です。

また、テレビやラジオのニュースの中で放射線測量値と風向き報道が天気予報と同じように流れ、住宅の窓が閉め切られ、洗濯物は外では見ないことや公園で子どもたちの笑い声もなく、外出を極力ひかえて人通りも少ないなど、当たり前だった日常生活の光景がなくなっています。

地震と津波のうえに、原発事故が市民の中に重くのしかかっています。

生活相談やボランティアへの要望強まる

こういう中でも、住民は復興に向かって動き出し、生活相談やボランティアの要望も強まっています。

がれき撤去に取り組むボランティア
滋賀県のボランティア八人が、「取り壊し希望」と張り紙した家が目立つ四倉地域で、取り壊さず生活再建をめざしているお宅の津波に洗われた敷地内の海砂撤去と家の中の清掃作業や、呉服屋の蔵からの商品運びだしや町内の側溝の泥あげも行いました。

「たった一人で片づけると気が滅入ります。こうやって共産党のみなさんが来てくれて、生きていく気力が生まれます」「ここで住めるようになった」「他の党はまねができませんね」と口々に感謝の言葉が返ってきます。

小名浜地域では、先日、同地区で初めての訪問活動が、神戸市議団のボランティアによって行われました。「はじめて胸の内を聞いてくれた。どこに相談していいかわからなった」「ありがたい。いままで誰も来てくれなかった。初めて訪問してきてくれて、話をよく聞いてくれたのは共産党の人だけです」「子育て世代は子どものことが心配でたまらない。小学校の運動会は二時間だけにした」「夏以降になると風向きが変わるので放射線が怖い」「この辺の地域は一カ月水道が止まったまま、高齢者の所は水くみが大変やった」「親子でアワビ取の漁師で生活をしていたが、全然仕事が出来ない。息子はアルバイトに行っている」とせきを切ったように訴えがありました。

「困っている人を助ける」という「立党の精神」を発揮しながら、瓦礫や土砂の撤去、避難所での炊き出し、生活相談、地域訪問活動など、ボランティアの取り組みが引続き求められます。支援物資も、夏物の下着類やシーツ、タオルケットなどが求められています。

原発事故では風評被害も加わり甚大な被害に

原発事故によって双葉郡内のすべての住民は県内各地や県外で避難生活が強いられています。非難区域外でも漁業がまったく出来ず、汚染を心配しながらの農作業となり、製造業でも放射能検査をしないと出荷できず、観光業も客がまったく来ないなど、風評被害も広がり、被害は甚大です。

また、子どもを持つ親からも「子どもには放射能被害を少なくさせたい。計測器配置の増設、校庭の表面の土を除去してほしい」「学校給食では当面地元食材を使わないでほしい」「小さい子どもが外で遊べないでいる。子どもたちのストレスがたまって、メンタルのことが心配」と声が寄せられ、事故の収束の展望が見えてこない中、「いつ帰ることができるのか」「これからの生活はどうなるのか」など、まったく生活の展望がない不安を持ちながらの暮らしとなっています。

「商売もできない。三十キロ圏内と外では補償に違いがある。不満だ」「原発問題で東電は正確な情報を出さない。小さい頃に広島の原爆資料館を見たことがあり、原発建設が始まった時には、危険が伴うものだと強く思っていたが、本当に恐ろしい事態になった」「原発問題は早く終息させないと根本的には解決しない。政府、東電の発表が遅く、記者会見のテレビを見ていても聞いていても将来の展望がしめされない。どうでもいい気持になる」と怒りを込めて語られています。

復興への展望求め、新しい政治への探求の始まり

「震災前は住みやすい最高の街と誇りを持っていたが、最低の街になった。これからの福島はどうあるべきか、国の展望ある方向を示していくことが大事だ」「共産党の震災問題と原発問題の解決方向に共感します」との声もあります。

日本共産党の「第二次提言」と「原発ゼロ・全面賠償署名」を持って地域に入ればどこでも対話が弾みます。被災者・国民の中に新しい政治の探求が始まっていることを肌身で実感しています。

住民の思いをしっかりと聞き取り、行政に届け、市民に返す取り組みもし、想像を絶する苦難に立ち向かっている現地の日本共産党員・組織のみなさんの、お役に立てるよう、引き続き頑張ります。

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

「『科学の目』で原発災害を考える」かえるネット兵庫が普及

シール投票での対話
「日本共産党と一緒に日本をかえるネットワーク兵庫」は、この間、神戸大や関西学院大で、原発署名や「『科学の目』で原発災害を考える」パンフレット(不破哲三日本共産党社会科学研究所長)の販売などを行いました。

「どう思う?原発事故?」とシール投票をよびかけると、次々とシールをはってくれました。「現状維持」にはった神戸大学理学部物理学科の一年生は、「自分の専門になるので、やっぱり活かしたいと思って」と話しました。メンバーが不破さんのパンフレットを紹介しながら、「原発は、まだ未完成で危険な技術。廃棄物の処理も確立していない。アメリカいいなりに、財界・大企業が利潤第一で推進してきた。だけど危険性を考えるとまだ使える段階にないというのが率直なところじゃないかな?」「学問として引き続き研究する必要は、おおいにあると思う」と話すと、「確かにそうですね。パンフ読んでみたいですね」と持って帰りました。

関学では、原発署名が十三人から集まりました。シール投票で、「原発から撤退し、自然エネルギーなど代替エネルギーへの本格的な転換を」にはった神学部三年生は、「テレビなどでは、原発を擁護するような発言ばかり。テレビはあまり見ないようにしている。調べてみると潜在的自然エネルギーは、原発に匹敵するエネルギー供給量も出せるんでしょ」と話すので、「ぼくらもそう思っているんだ。ドイツでは、二〇二二年には、百%自然エネルギーにしようとしている。やればできると思う」と対話がかみあい署名に応じてくれ、「企画を知らせてほしい」と連絡先を教えてくれました。

取り組んだメンバーは、「学生の中で、原発問題で真剣な模索がひろがり、どんどん対話になる。不破パンフも普及していきたい」などと交流もし、引き続き大学門前などでとりくむことにしています。

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

日本科学者会議兵庫支部が震災・原発問題でフォーラム

福島原発事故から学ぶべき問題点を
話す中川和道神戸大学教授
日本科学者会議兵庫支部が11年度大会記念フォーラム「大災害と原発事故を問う」を6月4日、六甲道勤労市民センターでひらきました。同会議は、人類の生存と平和のための科学を探求する、分野をこえた科学者の共同組織です。フォーラムには研究者や市民ら約40人が参加しました。

2人の研究者が報告しました。物理学が専門の中川和道神戸大学教授は「福島原発事故を読み解く」と題し、経過と現状、原子炉の仕組み、放射線の人体の影響などについて語りました。

中川教授は、事故から80日経った時点でも大気中への放出がつづき、東北関東で放射線を観測している事態を重視。政府発表をもとにした「健康に影響はない」などの報道について「データがないから安全ではなく、データがないから判らないと言うべき。低レベル放射線の人体への影響は未解明」と指摘しました。また「放射線の許容量は絶対安全量ではない、がまん限度量にすぎない」と強調しました。

社会学専攻の岩崎信彦神戸大学名誉教授は「大災害と経済危機」のテーマで講演しました。岩崎教授は「阪神でも東日本でも、震災はいつも高齢者、弱者にしわ寄せがいく。自然との共生、経済復興ではなくその地に根ざす暮らしの復興、弱者が弱者でない社会へ、内発的創造の復興が必要」と述べました。


(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

第55回兵庫県母親大会 10年ぶり加印開催

憲法の灯りをくらしの中に

全体会で平和への思いを込めて合唱と詩の朗読をした
加印オープニングシスターズ

「くらしのすみずみに憲法の灯りを」のテーマで第55回兵庫県母親大会(実行委員会主催)が6月5日、加古川市内でひらかれました。10年ぶりの加印地域開催です。
県下各地から980人が参加しました。午前は3つの会館で11分科会と、鶴林寺訪問と寺家町めぐりの見学分科会2コースがおこなわれました。

午後の全体会は加古川市民会館でひらかれました。

この日のために結成し、練習を重ねてきた加印オープニングシスターズの約100人が、合唱と詩の朗読で母親大会の歴史、平和への連帯の思いを紹介しました。

開会挨拶で現地実行委員長の立花一恵さんは、6回の実行委員会で話し合いを重ね、母親チョコレート普及による資金作りと加印の参加目標200人にこだわり突破できた経過を述べました。中村治子大会実行委員長は「みんなの願いを要求に変えていくのが母親運動」と呼びかけました。

松本猛(ちひろ美術館顧問)記念講演

「核兵器も原発もいりません」、
大会後に加古川駅まで母親行進
ベトナム戦争を題材にした絵本『戦火のなかの子どもたち』とちひろの言葉「かわいいもの、きれいなもの、すべてなくなったのが戦争。戦争は人の心をむしばむ」を紹介。松本さんは「子どもたちは幸せで、愛され、自然の中で遊んでほしいという母の思いが1枚1枚の絵に込められている」と述べました。

運動交流では、保育新システム、公立高校学区拡大、加古川の病院統合再編への反対運動が報告されました。

参加者は大会アピール「憲法の灯りをくらしの中に輝かせよう」と特別決議「震災復興とエネルギー政策転換」を確認しました。

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

加古川市6月議会一般質問

新市民病院予定地に浸水の想定:病院統合計画の見直しを

加古川市議会の六月定例会で日本共産党の岸本建樹、井上津奈夫、高木英里の三議員が六月二日、一般質問にたちました。

井上津奈夫議員
加古川市は、市民病院と神鋼加古川病院とを統合した独立行政法人をことし四月に発足させ、加古川町本町のニッケ用地での新病院建設計画をすすめています。

今回の一般質問で井上議員は、新病院建設地が、市発行の総合防災マップで、加古川が氾濫した場合、深さ二~五メートルの浸水が想定されている場所であることを指摘。旧市民病院(現・西市民病院)と旧神鋼病院(現・東市民病院)を同所に統合することは、災害時救急医療に支障をきたすおそれがあると批判。統合の中止を求めました。

これに対し市は、新病院建設用地は安全だと強弁するなど、市民の不安に誠実に答える姿勢を示しませんでした。


高木英里議員
高木議員は、生活保護受給者の国保料滞納分を、受給者本人からの申請ではなく、市が請求して生活保護費から徴収していることは、憲法や生活保護の理念に反すると指摘し、徴収を止めるよう求めました。

二市二町(加古川市、高砂市、播磨町、稲美町)の広域化による大型ごみ焼却炉建設計画について、ダイオキシン発生を抑えるために連続運転が必要となり、ごみ減量化と矛盾し、大型焼却炉方式の根本的な見直しが必要だと主張しました。



岸本建樹議員
岸本議員は、中学校給食について、学校の耐震化の完了後という市の態度に対し、保護者から給食の早期実現を求める要望の声があがっていることを紹介。今年度から計画を作成し遅くとも二年以内に全中学校での実施をと求めました。

市は、学校耐震化を優先して進めるため、財政状況を見ながら昼食検討委員会の状況を見ていくとの答弁を繰り返しましが、中学校給食実施の流れを否定できなくなっています。

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

三田市議補選に長尾あきのり氏

7月17日告示・24日投票

三田市では七月十七日告示・二十四日投票で市長選挙と市議補選(改選数三)が行われます。

日本共産党阪神北地区委員会はこのほど、新人の長尾あきのり氏(33)を市議補選候補者として、発表しました。

住み、働き、くらし続けられる三田に

長尾あきのり氏
長尾氏は一九七八年西宮市に生まれ、八八年に三田市友が丘に転居。松が丘小学校、八景中学、三田西陵高校に学びました。中学・高校では軟式テニスに打ち込み部長としても頑張り、学級委員長も六年間努め、力を合わせればどんな困難も解決できることを学んだといいます。佛教大学文学部で歴史を学んだあと就職した航空機会社では派遣工の立場の弱さを痛感し、その改善に奔走。その後、ソフトウエア会社に勤務しました。

結婚し、子どもも誕生し、「のどかな三田ですくすく育てたい」と思う一方、同世代が三田を離れるのをみて市政に関心を持ち、「住み、働き、くらし続けられる三田に変えなくては」と痛感。十年勤めたソフトウエア会社をことし四月に退職。「いま市政を変えよう」と三田市内各地を駆けめぐっています。

市議補選に向け、長尾氏は「輝く三田へ五つの提案」として、①子ども医療費無料化を中学生まで拡大など子育て支援に全力を尽くす②県下で三番目に高い国保料値下げなど福祉充実③産業振興で雇用拡大めざす④コミュニティーバス導入など年をとっても安心して暮らせる街に⑤議会改革に全力―を訴えています。(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

パート労働者が地位保全申立:郵産労神戸西支店分会

「不利益変更応じなければ解雇」は不当

日本郵便神戸西支店で働くパート労働者11人(郵産労組合員)が、会社から、ことし2月「雇用調整」を理由に4月からの一方的な勤務時間削減を提示され「応じなければ解雇」を強制されました。

「労働者の意向を聞かず、不利益変更を迫る雇い止めは不当」と闘い、3月末解雇された労働者が、地位保全の仮処分命令を4月19日、神戸地裁に申し立てました。

訴えたのは中島道子さん(60)ら3人です。中島さんは、6カ月更新を繰り返し、勤続19年になります。

11人は、昨年9月閉鎖されるまで、神戸西支店美穂が丘郵便作業所で働いていました。神戸市西区内の美穂が丘、月が丘、福住地域約2800世帯への郵便物配達を担当していました。高齢世帯への声かけなど地域との交流を大切にし、住民から喜ばれてきました。

会社は昨年2月「事業効率化」を理由に、作業所廃止、パート労働者雇い止めを発表。中島さんたちは、存続と全員の雇用確保を求め組合分会を結成。いったん計画撤回を実現しましたが、半年後閉鎖が強行されました。

神戸西支店の内勤へ移動。勤務時間が削られ、時給も半分以下になりました。郵便物仕分け作業だけでなく、草刈り、溝掃除、換気扇掃除も率先してやりました。年末には寒風吹き抜ける西神中央駅前で年賀状販売もしました。

そのうえ今回の雇い止め。中島さんたちを怒り心頭の思いにさせたのは、ハローワークへ相談に行った組合員が、窓口で「あなたは自己都合退職扱いになっている」と言われたことです。「私たちは郵便の仕事が好き。また戻って働きたい。引き下がりたくない。多くの人に支援してほしい」と訴えています。

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

病院に車椅子寄贈:RUNNERS9の会

6年間集めたプルトップ335kg

寄贈した車椅子を囲む「RUNNERS9の会」と
尼崎医療生協病院の医師や職員=6月4日
ランニングと平和憲法が大好きな人たちでつくる「RUNNERS9の会」(発起人・尾方素子)が、缶飲料のプルトップを集めて身体の不自由な人に車椅子を贈るとりくみを全国に呼びかけて6年、このほど1台を尼崎医療生協病院(島田真院長)に贈呈しました。

同会は05年3月発足し、会員は現在、海外のランナーも含め約460人です。国内外の反核平和マラソンで、平和をアピールしながら走っています。

プルトップ収集は05年冬から始め、全国各地の会員や家族、仲間の協力で、こつこつ集め、総量335kになりました。今回これを処分し、得たお金を車椅子購入費用の1部にあてました。

車椅子の肘掛け部分に「寄贈RUNNERS9の会」の刻印をつけました。

尾方さんと、会創立メンバーのひとり丸山敏郎さんが6月4日、尼崎医療生協病院を訪れ、島田院長らに車椅子を手渡しました。

尾方さんは「会員のみなさんが苦労して集めた1つひとつのプルトップが、実を結びました。ありがとうございました。これからも収集に努めます」と語っています。

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

救援美術展 神戸で開催

神戸救援美術展(実行委員会主催)が6月3日から4日間、長田の平和と労働会館でひらかれました。

震災被災者と冤罪被害者の支援に、作家から寄贈された作品の頒価を充てる企画です。連日賑わい、「これまでにも数点手に入れ、大切にしています」と話す女性もいました。



(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

一コマまんが

安心・安全・あカンたれ


宮崎潤二

(2011年6月12日付「兵庫民報」掲載)

2011年6月5日日曜日

救援ボランティア募集:6月9日~13日、いわき市へ

日本共産党兵庫県委員会が東日本大震災救援ボランティアを募っています。

被災から三カ月たつものの、人手不足のため高齢者世帯をはじめ、復旧・復興は進んでいないのが実態です。現地でのボランティア受け入れ体制も整ってきたことから、党県委員会として担当する福島県いわき双葉地区委員会の地域へのボランティア派遣を継続的に行うことになりました。

その第一陣の募集要綱は次のとおりです。

  • 期間=六月九日(木)~十三日(月) 夜行バスで九日夜に出発・十三日朝に帰着。発着は日本共産党兵庫県委員会事務所前。
  • 行き先=福島県いわき市。
  • 作業内容=民家の泥出し、片付けなど(マイクロバス運転手も募集)。
  • 費用=食費などは自己負担。ただし、神戸・現地間バス運行費とボランティア保険料は党負担。宿泊施設(旅館・ホテルなど)の利用、別途交通機関の利用の場合はそれぞれ自己負担。
  • 宿泊=現地センター(毛布もしくは寝袋は用意してあります)。センター周辺にスーパーやコンビニエンスストア、弁当屋、銭湯あり。センターにも簡単な調理設備あり。
  • 応募・問い合わせは☎078・577・6255、または各地区委員会・党事務所まで。



(2011年6月5日付「兵庫民報」掲載)

レッドパージ兵庫訴訟:控訴 たたかいは高裁へ

神戸地裁で不当判決——占領政策追認し請求棄却


「司法は憲法の守り手ではなかったのか!」、レッドパージ兵庫訴訟は五月二十六日、神戸地裁第六民事部(矢尾和子裁判長)で、請求棄却の判決が出ました。地裁前で、勝訴を確信し待っていた人たちから、驚きと怒りの声が起こりました。占領下の六十一年前、連合国総司令部と当時の吉田茂内閣が、日本共産党員とその支持者を、公務・民間の別なく職場から追放したレッドパージ。新憲法施行から六十四年たったいまも、占領政策を追認する判決内容です。原告らは六月九日、控訴します。

「生きながらえ、勝つまでたたかいつづける」
―神戸地裁前で出迎えた支援者に判決への怒りを込め挨拶する原告3人

原告は、川崎義啓さん(94)=旭硝子=、安原清治郎さん(90)=川崎製鉄(現JFEスチール)=、大橋豊さん(81)=神戸中央電報局=です。それぞれの職場で労働組合役員だった一九五〇年、「危険分子」の名で一方的に解雇されました。家族ともども困窮生活を強いられました。自殺した仲間もたくさんいます。

三人は名誉回復と損害賠償を求めて二〇〇九年三月、提訴しました。

判決は「連合国最高司令官の指示に、日本のすべての国家機関と国民は、誠実かつ迅速に服従する義務があった。原告の免職・解雇も、その指示に従ったもので、平和条約発効で指示が効力を失っても、影響を受けない」と三人の訴えを退けました。口頭弁論九回の弁護団意見陳述、三時間かけた原告尋問、明神勲北海道教育大学名誉教授が新資料をもとに証言した「連合国総司令部はレッドパージを『指示』ではなく『示唆』した」事実も、すべて門前払いしました。

また、レッドパージによって生じた損害については「立法府の政策的判断に委ねられている」としました。

神戸市婦人会館でひらかれた報告集会には約百人が参加しました。松山秀樹弁護士は「総合的判断のみで、具体的部分は逃げた、内容のない判決。裁判で原告側が主張した、解雇によって社会から排除された被害実態についても、まったく踏み込んでいない。思想信条の自由についても触れていない」と指摘しました。

橋本敦弁護士は「あまりに人間として情がなさ過ぎる。法を預かるものには法の正義感がなければならない。良心のひとかけらもない、むごい判決だ」と評しました。

川崎さんは「まったく予想と逆の判決になり、驚いている。こんな不当判決を認めるわけにはいかない。長生きしなければ」と述べました。

開廷直前、呼吸が荒れ、まわりを心配させた安原さんは「まじめに働き普通に生活し、メシが食えたらいい。法治国家である以上、思想信条を守ってほしい」と言います。

大橋さんは「憲法の休眠は法治国家ならあり得ない。勝訴を確信している」と控訴への決意を語りました。
六月九日(木)午後二時、三人は、神戸地裁に控訴書類を提出します。裁判資金への支援も呼びかけています。

(2011年6月5日付「兵庫民報」掲載)

レッドパージ兵庫訴訟:日本共産党兵庫県委員長の談話

被害者の名誉回復と補償の実現へ奮闘する決意
日本共産党兵庫県委員長 岡 正信

レッドパージ国賠訴訟の訴えを棄却した神戸地裁判決は、「占領軍司令は超憲法的効力を有する」として、日本国憲法を無視したかつての最高裁判決にしがみつき、「戦後史の汚点」というべき暴挙を今日なお容認した、不当判決です。

日本弁護士連合会は二〇〇八年に、レッドパージは特定の思想・信条を理由とする差別的扱いであり、憲法と世界人権宣言が定める思想・良心の自由、法の下での平等、結社の自由の侵害であること、少なくともわが国が主権を回復して以降、被害回復が容易であったにもかかわらず、これを放置してきた国の責任を指摘し、すみやかに適切な措置を講じることを総理大臣に勧告しています。

さらに、この裁判を通じて、「連合国最高司令官の指示」は単なる「助言」「示唆」にすぎず、主たる責任は日本政府にあったことが明らかになりました。

今回の三氏による、レッドパージ被害者の名誉回復と補償を求めるたたかいは、自由と民主主義をわが国に確立する上で画期的意義を持っています。三氏の革命的楽天性と不屈性に対して敬意を表明するとともに、兵庫県党はその実現に向けて奮闘する決意です。

(2011年6月5日付「兵庫民報」掲載)

レッドパージ国賠訴訟:弁護団声明

「辛酸耐え抜いた3人の苦労を少しも推しはかることのない判決」と
報告集会で語る橋本敦弁護士
神戸地方裁判所は5月26日、レッドパージ被害者3名が国を被告として提訴していた国家賠償請求事件について、原告らの請求を全面的に棄却する判決を言い渡した。

原告らは、1950年に日本共産党員であることをただひとつの理由として解雇、免職処分を受け職場から追放されるとともに、社会から排除され、現在に続くまで継続的な人権侵害を被ってきた。このレッドパージは違憲違法なものであることは明白であった。

このことは08年10月24日付日本弁護士連合会「勧告」、10年8月31日付同「勧告」及び各地弁護士会「勧告」によって繰り返し認定されてきたにもかかわらず、神戸地裁はこれらを一顧だにしなかった。

判決は、原告らが、被告国の責任について、被告国はレッドパージの実施を回避することができたにも関わらず、自ら積極的にレッドパージを実施したのであるから、これら一連の行為を先行行為として、条理上、52年4月28日の講和条約発効後に、日本政府が自ら積極的に推進したレッドパージの被害者らに対して、その被害を救済するべく作為義務が認められることは当然であるとの主張に対し、マッカーサー書簡の趣旨はレッドパージを指示したものであると解釈した上で、原告らに対する免職・解雇は有効であり、講和条約締結後もその効力を失わない旨の旧来の最高裁決定(52年、60年)をそのまま踏襲したものである。

本判決は、明神勲証人(北海道教育大学名誉教授)が実証した「新事実」、すなわち、60年4月18日最高裁決定(中外製薬事件)において判示された「顕著な事実」()がまったく存在しなかったこと、レッドパージが49年7月22日の閣議によって決定されたものであったことについて、まったく顧みようとせず、被告国の責任を認めなかったのは、司法の人権救済機能を放棄したに等しいものである。

GHQの指令が超憲法的効力を有するとした、かっての最高裁大法廷の決定は、日本国憲法を無視するもので、その判断は司法の歴史に一大汚点を残すものと指摘されている。本件訴訟で、この汚点をぬぐうべき判断が裁判所に求められていたのであるが、本判決が、これにまったく答えることなく誤った判断に終始したことは厳しく批判されるべきである。

原告らは、すでに90歳以上の高齢の者もおり、レッドパージで侵害された名誉を回復をする最後の機会として、本件訴訟を提起したが、本判決の結果は、原告らの人権の最後の砦たる司法に対する期待をまたもや裏切るものとなった。原告らの憤り、深い悲しみはいかばかりか、弁護団はこの裁判所の不当極まりない判決に強く抗議する。

弁護団は、国に対し本判決如何にかかわらず、日弁連勧告の趣旨に従い、レッドパージ被害者救済のための然るべき措置をとることを強く求める。

弁護団は、引き続きレッドパージ被害者の権利・名誉回復に向け、全力を尽くす決意である。


】60年4月18日最高裁決定(中外製薬事件)

「所論連合国最高司令官の指示が、所論の如く、ただ単に『公共的報道機関』についてのみなされたものではなく、『その他の重要産業』をも含めてなされたものであることは、当時同司令官から発せられた原審挙示の屡次の声明及び書簡の趣旨に徴し明らかであるばかりでなく、そのように解すべきである旨の指示が、当時当裁判所に対しなされたことは当法廷に顕著な事実である」

(2011年6月5日付「兵庫民報」掲載)

日本共産党神戸市会議員団の4人が東日本大震災の被災地訪問

被災者の気持ちに寄り添った活動を
神戸市議団 山本じゅんじ

薄磯地区で被災の様子を聞き取り
五月二十三~二十七日の五日間、日本共産党神戸市会議員団の四人が、福島県いわき市で活動しました。参加したのは、西ただす議員、赤田かつのり氏、味口としゆき氏と私・山本じゅんじ。地元県議や党組織の方々、兵庫のボランティアの方なども加わって、避難所や被災した個人の住宅などを訪問し、被災の状況や要望などの聞き取りや情報提供などの活動を行いました。

私たちが活動したのは勿来地区と小名浜地区の二つの地域。この地域が位置するいわき市南部では、三月の大震災に加えて、四月十一、十二日の二度にわたる大きな余震で、さらに被害が広がっているのが特徴です。

「生活のめどたたない」の声多数

勿来地区では、避難所も訪問しました。地区内三カ所の避難所で、いまも合わせて百人以上の方が生活。津波の被害に遭った方、地震で家を失った方など、被害は様々。

避難所では、長期にわたっての生活で、食事やプライバシーの問題、これから暑くなるにしたがって入浴や洗濯、食品の保存など暑さ対策が求められていました。津波被害で自家用車が流出し、残った車でお互いにやりくりしながら何とかしのいでいるという声も聞きました。また、避難所からは入浴施設も遠く、入浴も十五分という時間制限も。すでに避難所生活も二カ月。住居に住めなくなったうえ失業、原発による被害も加わって、これからの生活のめどが立てられない、そういう声が多数でした。

個人の住宅への訪問は、勿来地区、小名浜地区ともに行いました。地域によって被災の状況は違うものの、どちらの地域も津波による被害を受けていました。家屋の流出にまでは至っていませんが、床上・床下浸水が相当な規模まで広がっていました。

薄磯地区で被災の様子や要望を
聞き取る赤田氏(右)
小名浜の神白地区では、すぐ近くに海岸があり、海に接して建てられていた高校は津波の直撃を受け大破。川を逆流した津波によって、周囲の家屋が浸水しました。この地域はこれまでにも大雨などで年に数回浸水を繰り返しているとのことで、土地のかさ上げをしている家屋もありました。それにもかかわらずの床上浸水。渦を巻いて水が流れ込み、まさかここまでくるとは思わなかったと地元の方々は話していました。

神白地区には雇用促進住宅があり、五十世帯分の二次避難用の住戸が確保されていました。すでにいくつかの世帯が入居していたものの、本格入居はこれからといったところ。ある住宅では、とても狭く、三人で入居したうち一人は押し入れで寝ているとのこと。別のお宅では、夜に酸素吸入しているので家族の眠るスペースが確保できない、大人四人で無理やり生活している家もあるとも聞きました。

支援や制度など必要な情報が不足

被災の規模からすると訪問したお宅はわずかです。しかしその中からも様々な問題点を知ることができました。

特に必要な情報が不足しているということ。どんな支援があるのか、どこに相談したらいいのか、聞かれることもしばしばありました。制度をまとめたパンフレットなどを手渡し説明するととても喜ばれました。また、被害が小さかったからと罹災証明の申請をしていない方や、罹災証明をとることを知らない方も中にはおられました。被害の大小にかかわらず申請することや、罹災証明がないとあとでいろいろ困るからと申請を促すなど、直接訪問してお話をお聞きすることで必要な対策が見えてきます。私たちの訪問活動は、「地元の議員は姿を見せない」と住民の方々が不満を募らせている中で「よく来てくれた」「共産党さんだけです。まわってくれるのは」と大変歓迎していただきました。

地元の党県市議をはじめ党組織の奮闘を生かしていくためにも、訪問活動で被害の状況調査をすることや要望を聞く活動は、非常に大事な活動だと感じました。聞き取った内容は、市や県への要望にも反映され、すでに改善へとつながったものもあります。

震災の話のあとには必ず、原発の今後への不安が語られました。自らの生活や子供たちの将来に直結するだけに非常に不安な思いも抱えておられました。

原発問題も含め、地元の方々の気持ちに寄り添った活動がとても望まれていると実感した五日間でした。

(左から)味口氏、宮川えみ子福島県議、
(以下1人おきに)赤田氏、西氏、山本氏

(2011年6月5日付「兵庫民報」掲載)

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