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2011年5月29日日曜日

兵庫の日本共産党福島県いわき双葉地区を支援


兵庫県内の日本共産党組織は、東日本大震災被災地の救援・復興を長期的にボランティア支援する地域を福島県いわき双葉地区として活動を始めています。その第一陣として現地に入った平野貞雄氏の報告です。


長期的にさまざまな形での支援を:東日本大震災
西宮芦屋地区・平野貞雄
阪神・淡路大震災経験した兵庫から—と期待高く

いわき市の海岸部(5月18日)

五月十六日から十八日までの二泊三日で、福島県いわき市での被災地支援ボランティア活動を行ってきました。芦屋・西宮の議員を中心に九名のボランティア隊です。

東北新幹線郡山駅で磐越東線に乗り換え、阿武隈山地の新緑が迎えてくれる中をいわき市へと向かいました。いわき市は一九六六年に五市四町五村が合併して当時日本一広い市として誕生(現在は二位)。内陸部にある市街地は、阪神・淡路大震災の体験からみて、震災の被害もさほど大きくはないように見えましたが、それでも市役所は地盤が一部沈下して、一階の一部事務スペースが使用不可になっていました。

私たちを受け入れたのは、「福島原発」をかかえる「いわき双葉地区委員会」です。連休までは多くのボランティアが駆けつけたようですが、私たちが行くまでの一週間は少し中断があったようで、阪神・淡路大震災のあった兵庫から来るということで、あらためて受け入れ体制を整え、地元のボランティア参加も呼びかけて、私たちを迎えてくれました。

ボランティアの活動拠点になっていたのは、延期になった県会議員選挙に立候補を予定していた長谷部あつし元県会議員の事務所で、いまは党の「復興共同センター」となっています。私を含む三人は他県からのボランティアとともにここで宿泊しました。

津波の爪あとに言葉失う

がれきの撤去(5月17日、いわき市内)
市街地の中にある「センター」の周辺は、倒壊したビルもなく、町は落ち着いた感じに見えましたが、到着翌日からの作業の現場周辺は、言葉を失う惨状でした。

センターからマイクロバスに乗って二十分ほどで、海岸沿いにあるボランティアの作業現場につくのですが、その間にある山々には葡萄の房のような藤の花が、今が盛りと咲いていました。農地では田植えなどの作業姿もありました。

ところが、海岸部に出ると様相が一変。津波の荒れ狂った爪あとが――倒壊してがれきとなった家屋、鉄筋むきだしの電柱、壊れた防潮堤、ひっくり返った車などとなって――私たちの目に飛び込んできました。それはまさに映画のセットかと錯覚するような非日常の世界でした。

作業は、床下の泥の排出、がれきの撤去、住宅周辺の土砂の搬出、家屋内の清掃、溝のがれき撤去などです。

「共産党のみなさん、お世話になりました。ここでがんばっていこうという勇気が出てきました」―作業を終えて帰る私たちにかけられたこの言葉に、ボランティアに参加した意味をかみしめました。

地元ボランティアにも元気を届けられた

三月十一日の大地震発生で、脳裏によみがえったのは十六年前の阪神・淡路大震災です。それはがれきと化した町の情景であるとともに、近隣はもとより全国各地からの支援、わけてもボランティアでかけつけてくれた多くの人たちの姿でした。そして「自分も行かなければ…」との思いに駆られながら、直後に選挙戦を控えて、行くに行けないもどかしさの中でのこの二カ月でした。

わずか二泊三日で何ができるのか、必要経費をカンパするほうがよほど役に立つのではないか…そんなためらいがよぎりながらも、それでもやはり行かないわけにはいかない、そんな思いに駆り立てたのは、十六年前の体験があったからです。

短期間の参加でしたが、支援に入ったお宅の方だけでなく、地元のボランティアの人たちにも元気を届けることができたのではないかと思います。被災地にはまだまだ多くの課題が山積しており、息の長い支援が必要です。直接のボランティア参加だけでなく、可能な様々な形での支援を続けていかなければと思います。


西宮市と芦屋市の議員を中心としたボランティア隊:
(前列右から)平野貞雄、上田さち子、(後列右から)まつお正秀、
杉山たかのり、佐藤みち子、野口あけみ、田中恵美子、大森奈美、
木野下あきら——の各氏(左後ろは群馬県からの人)

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

救援バザー6月18日:女性後援会

物品も募集中

「東日本大震災救援バザー」が六月十八日(土)、日本共産党兵庫県委員会事務所(神戸市兵庫区新開地三丁目)で開かれます。

安武ひろ子さん・藤木洋子さん・大沢たつみさんらが呼びかけた実行委員会と党兵庫県女性後援会の共催です。

午前十時から午後四時まで、一階に「バザー広場」を開き、食器、日用品、衣料品(子ども用あり)、バッグ、靴など掘り出しもの多数を準備しています。

また、三階には「展示・交流の場」を設け、安武さんの絵画の展示、手作り小物、被災地産の野菜、軽食・コーヒーの販売も行われます。

このバザーに向け同実行委員会では物品提供を呼びかけています。

問い合わせ☎078・577・6255


(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

2t車で宮城へ救援活動

16年前の阪神淡路大震災では、全国各地の農民連から兵庫に、多くの農作物が届けられました。「今度は私たちが」と兵庫県農民連の永井脩会長らが5月9日、救援物資を積み、宮城農民連に向かいました。上野信行事務局長のレポートです。

兵庫県農民運動連合会事務局長 上野 信行

武田さん夫妻(右)と永井会長(中央)、上野さん(左)
9日朝、レンタカー(2t車)を借り、事務所を出発しました。

積み込んだのは、米5kg入り192袋、もち米60kg、タマネギ450kg、淡路オレンジ270kg、味噌2kg、そして下着や石けんなどの雑貨類です。農民連生産者から寄せられました。

宮城農民連事務所に着いたのは22時過ぎ。その晩は、事務所2階を借り寝袋で寝ました。

翌朝、東松島市へ。被災した自宅をそのままにして救援活動に奔走している、宮城農民連役員の武田久夫さん宅の掃除を手伝いました。潮水に漬かった畳の廃棄、泥の除去、隣家の畑に積もったゴミの除去などを2日間、おこないました。

この作業を、ご夫婦2人だけでは何日もかかり、精神的にも大変だろうと思いました。

「三陸海岸と違い、じわっと津波が胸まできた。すぐ屋根裏に逃げたが、納屋に避難したおじいさんだけが助からなかった。私たちは翌日、自衛隊員に助けられた」と奥さんは話していました。

この地域の田んぼは瓦礫が手つかずです。泥が相当量流れ込んでいました。武田さん宅から見える田んぼが、代掻きをした後のようでした。聞くと、潮水とのこと。地盤が沈下し、潮水がひかないのです。

武田さんは「3年は米は作れないと思う」と語っていました。稲穂が見られるのは、いつの日でしょうか。

宮城に届けた救援物資
東松島市には航空自衛隊基地があります。武田さん宅のすぐ近所です。作業中もときどき、飛行機の離陸の轟音がします。武田さんは「ふだんはもっとひどい。戦闘機が津波にあい、飛べなくなっている。いまは輸送機だけ。静かになった」と話していました。

瓦礫処理場や町内移動中にも、自衛隊の車にたくさん出会いました。基地のない町に住む私たちには、異様な感じがしました。

救援・支援活動がこれからも長期にわたるだろう、と思いながら12日早朝、宮城をあとにしました。

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

東日本大震災青年ボランティア報告会

要望に応え、喜ばれ、自信に


兵庫学生青年ボランティアツアー実行委員会は五月二十一日、神戸市内で「東日本大震災救援ボランティア報告会」を開きました。

はじめに、四月二十九日から五月五日、宮城県仙台市の青年センターを軸に、岩沼市や南三陸町、仙台市若林区などで行った物資配布や要望聞き、泥だし・泥かきなどのボランティアのようすをスライド写真を使って紹介。その後、ボランティアに参加したメンバーが、それぞれ感想を話しました。

和歌山から参加した学生のY君は、「受験に失敗した悩みを解こうと参加した。はじめは自分から声をかけられなかったけど、泥だしなど自分ができることで喜ばれてよかった。家の方がおにぎりをもってきてくれ、人間の温かさを感じた」と話しました。

関西福祉大から参加したT君は、「最初は行って仕事があるのかな?とか、現地の人に怒られるんじゃないかとか緊張したけど、要望にこたえていくなかで、喜ばれて自信になっていった」と感想を語りました。

ツアーに参加した日本共産党兵庫県委員会の門屋史明氏からは「ボランティア活動や被災者の方から直接聞いた声から、大切な提起がされている」と日本共産党の「大震災・原発災害にあたっての提言(第二次)の内容が紹介されました。

報告を受けた討論では、「それぞれの思いで参加されたみなさんの気持ちが被災された方との交流を通して伝わり、一つの活動をつくってきたことに感動しました」「政府をあげた支援ももっと必要だし、自分たちも何ができるのか、どういう支援や国づくりをすすめていったらいいのか考えていきたい」などの感想が寄せられました。

最後に、民青同盟兵庫県委員会副委員長の板東正恵さんが、ボランティア活動とあわせ、復興や原発問題などへの模索にこたえる学びや、被災者生活再建支援法の抜本拡充を求める署名行動などの行動提起をしました。

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

兵庫学生新歓実行委員会が企画つぎつぎ

社会読み解く科学の目を

連続学問講座:原発事故の本質学ぶ

第二回連続学問講座
兵庫学生新歓実行委員会は五月二十日、日本科学者会議兵庫支部の後援を受け、連続学問講座 「福島原発事故とは何だったのか?」を開催。チラシやポスターをみた神戸大学生らが参加しました。

講演は、中川和道神戸大学発達科学部教授(放射光物性物理専攻)が映像も使いながら行いました。

中川氏は、放射能について、核分裂反応などの原理的な部分から説明したあと、福島第一原発の「軽水炉」型原子炉の構造も示し、福島第一原発事故について詳しく解説しました。

そのなかで東京電力について、「そもそも危険な原発を、『事故は起こるはずがない』と何の備えもしてこなかった東電の責任は重い。株主も含めて責任をおうべき」と批判しました。

最後に、「新聞で言われていることは、ごく一部だし、いまは情報を統制されている気もする。知識を身につけ、読み解く目をもってほしい」と参加者に訴えました。

参加者からは、「ネットや本で知ることができないことも聞けて良かった」「福島原発の問題が、社会の現状、対策についてもつながっていて今後どうするか考えるべきだと思った」などの感想がが寄せられました。

なんでもフェスタ:きょう5月29日開催

今年の新入生歓迎の最大のイベント「なんでもフェスタ・パートV」はきょう五月二十九日、開催です。

東日本大震災被災地支援ボランティア報告や原発事故問題などとあわせて、石川康宏氏(神戸女学院大教授)を迎え、「大学の学問とマルクスのかじり方」と題した講演も行います。

「なんでもフェスタ・パートV」は、午前十時開会。会場は「コミスタ神戸」(阪神春日野道駅駅から国道2号線山側を西へ徒歩三分)。石川氏の講演は午後二時からの予定です。

第3回連続学問講座:二宮教授迎え6月29日開催

また第三回連続学問講座は、二宮厚美氏(神戸大学発達科学部教授)を迎え、「3・11後の日本の政治と経済」と題して六月二十九日(水)午後六時から、神戸学生青年センター会議室A(阪急六甲駅から北へ徒歩三分)で行います。


(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

加西市議選:井上芳弘氏7選

井上芳弘氏
加西市議選(定数三減の十五、立候補二十二人)は五月二十二日、投開票が行われ、日本共産党の井上芳弘氏(59)が、前回二〇〇七年市議選、一〇年参院比例と比べ、得票数・率ともに伸ばし、六位で当選。七期目の議席を確保しました。

井上氏は、災害に強いまちづくり、国保料引き下げ、中学校卒業までの子ども医療費無料化などの政策を訴え、支持を広げました。





投票率 得票数 得票率 定数 議席占有率
井上芳弘 72.44 1,454 5.33 15 6.67
07年市議選 69.77 1,301 4.81 18 5.56
10年参院比例 55.13 842 4.07


(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

中央区革新懇:舞子の歴史を歩く

舞子砲台跡にて
五月二十一日、中央区革新懇は恒例の「遺跡・旧跡ウオッチング」で舞子海岸を歩きました。

まず、明石海峡大橋のたもとで勝海舟が築いた「舞子砲台」の石垣遺跡を見学しました。

そのあと今は「孫文記念館」となっている「移情閣」に入館。辛亥革命百年を記念した中国革命と孫文の業績、孫文を支援した人たちについての展示に見入りました。

続いて隣接する「旧武藤山治邸」に入館。ここは国指定の文化財ですが、鐘紡社長、代議士を務めたあと、「時事新報」社長として「帝人事件」を究明し、その直後に暗殺された武藤山治の事跡を展示しています。

陸橋を渡ると近年発掘された「舞子浜遺跡」があり、五色塚古墳の造成に従った人たちの埴輪棺が多く出たところです。

有栖川宮邸跡「舞子ビラ」を覗いたあと、五色塚古墳に到着。日本書紀はじめ文献上有名なこの県下最大の古墳も一九七〇年代に発掘・復元されたものです。

(中央区革新懇・戸崎曽太郎)

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

城谷恵治三田市会議員の議員辞職について

日本共産党阪神北地区委員会の西中孝男委員長は五月二十三日、次のとおり声明を発表しました。
城谷恵治三田市議は、五月二十日の夜、酒に酔って、神戸電鉄の車両の窓ガラスを破損し、事情を聞こうとした駅員を殴り、現行犯で逮捕されました。日本共産党議員として、絶対あってはならないことであり、市民の期待と信頼を裏切る行為を行なったことに心からお詫び申し上げます。また、関係各位のみなさんに多大な迷惑をおかけしたことをお詫びし、二度とこのようなことがないようつとめます。

城谷恵治議員は、自ら行なった行為に深く反省するとともに、責任を痛感し、市会議員を辞職します。このような形で党議員の議席を失うことになり、党員、支持者のみなさんに心からお詫び申し上げます。

今後、日本共産党阪神北地区委員会と三田市会議員団は力を合わせ、市民からの信頼回復に全力をあげてゆきます。

二〇一一年五月二十三日

日本共産党阪神北地区委員会
地区委員長 西中孝男

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

北はりま教育9条の会:鶉野飛行場跡を見学

いまも残る戦争遺跡

加西市内に残る銃座跡を見る参加者たち
北はりま教育9条の会主催、第1回平和市民講座が5月21日、加西市内でひらかれました。鶉野(うずらの)飛行場跡と周辺に残る戦争遺跡を見学する講座です。

同会事務局長で、県立北条高校教諭の稲次寛さんが案内。約40人が参加しました。

鶉野飛行場は、旧姫路海軍航空隊基地でした。飛行士訓練飛行場です。43年開設へむけた工事は、強制労働に連れてこられた朝鮮人や地元住民らが、毎日1千人動員されました。ほとんど手作業でした。

戦争末期には、基地隊員で編成された特攻隊「白鷺隊」が鹿児島県の串良基地から飛び立ち、63人が戦死しています。隊員たちが訓練中下宿した周辺の家には、彼らの遺書が残っています。滑走路横には「平和祈念の碑」が建っています。現在飛行場跡の一部は神戸大学農学部農学研究所の敷地になっています。

鶉野飛行場の滑走路後で説明する稲次寛さん
参加者らは、車に分乗し、飛行場跡周辺に数多く点在する防空壕跡や機銃座跡、貯蔵庫跡などを見て回りました。大学農場周辺には約10m間隔に掘られた防空壕跡があり、民家や田畑に隣接した防空壕もありました。稲次さんは「大学の農場を掘れば、いまも防空壕がそのままの形で残っている」と言います。

参加者のひとり、小林好一さん(91)=加東市=は、補充兵として千島列島の占守島に送られましたが、九死に一生を得ました。「友も親戚も戦争で大勢死にました。私も艦砲射撃にあった。戦争を絶対繰り返してはならない」と語りました。(


2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

神戸の造船を残そう連絡会神戸市に要請

原発特化の見直しを

三菱重工神戸造船所の商船建造をつづけさせようと活動する「神戸の造船を残そう連絡会」の代表4人が5月20日、神戸市に要請をしました。

神戸市は昨年7月と12月、三菱重工社長に「神戸での商船建造をつづけてほしい」と要請しています。

同連絡会は、東日本大震災が起きて、原子力発電所の危険性が世界に明らかになった新しい情勢のもとで、▽「商船建造から撤退し原発に特化する」という三菱重工の事業方針の見直しを求める▽このままでは商船建造が来春になくなるおそれがあり、地域経済を立て直し、下請け労働者らの雇用を守るためにも、市が積極的に発言する▽造船技術を生かす道を考える―などを市に強く要請しました。

応対した産業振興局の仲田光男主幹と多名部重則主査は「神戸市は2回も三菱重工に商船建造継続を要請している。いまは政府のエネルギー政策の見直しを注視している」「要請の趣旨を矢田立郎市長に伝えます」と応えました。

写真:神戸市に申し入れる「神戸の造船を残そう連絡会」(向こう側)=5月20日

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

連合独占是正し地労委の活性化を

兵庫県地労委対策会議が学習会

兵庫県地労委対策会議(羽柴修代表)の労働委員会活用学習会が5月20日、神戸市婦人会館でひらかれ、約70人が参加しました。

兵庫県労働委員会の労働者委員(7人)は、連合兵庫系が独占しています。同対策会議は01年から07年、県を相手に、5次の労働者委員選任処分取消訴訟を闘ってきました。

挨拶で羽柴弁護士は「裁判所はいずれも却下したが、貝原俊民元県知事の証人採用を実現し、7人が指定席だと認めさせた。県を追いつめつつある。憲法で保障された労働者の権利を守るため、労働委員会をもっと活用し活性化させよう」と述べました。

水谷正人神奈川県労連議長が講演。昨年4月、神奈川県労働委員会労働者委員になるまでの経過と、就任後は委員会にいい緊張がうまれ、活性化した状況を紹介しました。

写真:労働者委員としての活動を紹介する水谷正人神奈川県労連議長

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

一コマまんが

東電任せでは不安は消えない


段 重喜

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

『年金不信』というドキュメンタリー番組が放映された。若者に年金についてインタビュー。「年金をかけていますか?」「年をとっても、もらえるかわからないから、かけていない」。画面に「現在年金未納三三〇万人」とのテロップ。続いて無年金障害者の実情がリアルに映し出された▼尼崎の原静子さん(66)は大学四年生の時交通事故で車いす生活に。自宅で学習塾を開きギリギリの生活を支えてきた。現在、老齢年金五万円を受給しているが、障害年金は一度も支給されたことがない▼Fさん(26・男)は二十一歳の時、交通事故に遭い脳損傷。重度の機能障害になったが、納付期間が三カ月不足で無年金。医療費、生活費すべて親の世話に▼このような事例は多く、昨年の無年金障害者の会の「年金一一〇番」には二日間で百二十六人から相談。その後の電話相談も後をたたない▼二〇〇二年の厚労省発表で無年金障害者は十二万人とも。年金不信の現在、無年金障害者はまだまだ増えると予測される▼東日本大震災被災者はすべて納付免除申請ができる。無年金障害者を生み出さないためにも、直ちに申請するよう政府・自治体あげて周知徹底が望まれる。 (N)

(2011年5月29日付「兵庫民報」掲載)

2011年5月22日日曜日

憲法が輝く兵庫県政をつくる会が総会

2013年知事選へ基本戦略ねりあげ、活動強めよう

憲法が輝く兵庫県政をつくる会は五月十一日、神戸市勤労会館で第六回総会を開き、二〇一三年知事選へ向け、今年度の運動方針を決めました。
東日本大震災犠牲者への黙禱のあと、代表幹事の石川康宏氏(神戸女学院大学教授)が開会挨拶。「二年後の知事選挙に向けて基本戦略を早期に練りあげていこう」と呼びかけました。

議案提案にたった北川伸一事務局長は、「憲法が輝く県政実現をめざす私たちのとりくみには、自力の強化も求められている」と指摘。県政の検証と政策づくり、候補者選考など運動方針案を提案しました。代表幹事の前田修氏(弁護士)が新役員の提案を行いました。

「電力の会」の高馬士郎氏が原発とエネルギー問題で特別報告。電力会社の政治献金でゆがめめられた原発行政を告発。「原発とエネルギー政策の転換を」と訴えました。
討論では「憲法十三条の幸福追求権、二十五条の生存権を力に東日本大震災の復興や県政転換の努力を広げよう」「県の新行革プランと県民の矛盾は明らか。県立病院統廃合でも県民のたたかいは、県も無視できない。暮らしを守るたたかいを広げ、県政転換の展望を語ろう」「子どもの医療費無料化、中学校給食など住民要求が政治を動かす新しい変化も確信に、福祉、防災のまちづくりを」「同和問題に矮小化し『解同』と癒着する人権行政の是正を」と参加者が訴えました。代表幹事の田中耕太郎氏が「明石の会」の系統的な活動を紹介しました。日本共産党の宮田しずのり氏、岡正信県委員長も討論に参加しました。

代表幹事の武村義人氏(医師)が閉会挨拶。「自己責任」の名で医療、介護をきりすてる政治の転換を強調しました。総会では、候補者や政策の決定のため幹事団体代表会議を置く会則改定も確認しました。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

復興県民会議が東日本大震災救援報告会

救援・復興へ支援さらに

阪神・淡路大震災救援・復興兵庫県民会議は五月十四日、兵商連会館で東日本大震災の今後の支援のあり方について考える「被災地状況報告会」を開催、四十五人が参加しました。

報告会では、東日本の被災地で支援活動を行っている七団体の代表らが、被災地の現状や支援活動を紹介した映像も上映して、いま求められている支援、これからの支援のあり方について報告。参加者が議論を交わしました。

代表委員で弁護士の前田修氏は、開会挨拶で「思いつきの、上からの復興構想ではなく、私たちが肌で感じた事実認識の上にたって、被災者本位の復興支援へとりくもう」と訴えました。
保険医協会や民医連の代表は、水や電気がとまる困難ななか、現地の医療機関が大震災直後から懸命の医療活動を行ってきたことを紹介。被災した医療機関を支える活動の重要性、震災関連死を防ぐとりくみや避難生活の環境改善、民間医療機関再建への公的支援を強調しました。

兵庫労連の代表は、震災による解雇が被災地だけでなく、被災地外でもおきていることも紹介。系統的な労働相談の重要性を訴えました。建交労の代表も討論で、国による公的就労事業の必要性を強調しました。

兵商連の代表は、被災者が復興への希望をもてるよう漁業、農業、中小企業への支援が緊急課題となっていると強調。既存債務の免除など必要なことはすべて手をうつという政治の役割が求められていると訴えました。

日本共産党は、神戸市議団が報告。党県救援本部長の堀内照文氏も「復興できると希望がみえてくる施策を早く国が打ち出すよう運動を広げよう」と呼びかけました。
閉会挨拶で岩田伸彦事務局長は、「阪神・淡路大震災を体験し、最高三百万円の支援法など、国を動かしてきた私たちが、長期の支援にとりくもう」と訴え、被災者支援法改定の署名活動も呼びかけました。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

岩手の避難所でマッサージのボランティア

岩手県宮古市の避難所を5月3日と4日、兵庫のマッサージ師4人がボランティアとして訪問。避難生活に疲れた人たちの心身をほぐしました。兵庫視覚障害者の生活と権利を守る会(兵視会)の人たちです。そのひとり、小学1年生のとき福井地震にあい、生き埋めが原因で失明した吉田淳治さん(70)=神戸市北区=のレポートです。

被害に何度ももらい泣き
吉田淳治(兵庫視覚障害者の生活と権利を守る会)

宮古市の避難所でマッサージ施術する兵視会の会員
日本共産党宮古地区委員会の紹介で、避難所になっている3つの小学校とグリンピア田老を訪問しました。

メンバーは兵視会の会員4人(うち全盲3人、強度の弱視1人)と、介助者2人です。

2日間、午前午後と各避難所を訪問しました。どこでも次から次へ患者さんが待っている状態です。治療するなかで、何度ももらい泣きしました。

地震の被害より津波の被害の方が甚大だったとのこと。おばあさんと孫、母親と子ども、おじいさん、おばあさん、子どもだけが、それぞれ津波にさらわれた話を聞きました。話をする患者さんもすすり泣きし、私たちもまた涙涙。

吉田さん(前列右から2人目)ら
訪問団と宿所を提供した日本共産党
宮古地区委員会の人たち
私たちも、全員が阪神淡路大震災の被災者だと話しました。おまけに私は48年6月発生の福井地震(M7・1、死者3769人)の生き埋めになり、それが原因で全盲となった体験を語りました。

経験を話すうちに、心が通い、ポツリポツリと被害状況や、亡くなった家族の話をしてくださるようになりました。

避難所によっては数十人の所もあれば、数百人の所もあります。食事は炊き出し。簡易トイレ。洗濯機が用意されているものの、台数が足りず、なかなか順番がまわってこないと嘆く人もいました。

術者としては、どの患者さんにも喜んでもらい、嬉しい限りでした。なかには、私たちの手を握り何度も何度も頭を下げお礼を言う人、「おたくらも疲れたでしょう」と私たちの肩をもみ始める人、「神戸に帰らないで」と懇願する人もいました。

今回の訪問で、マッサージや鍼という仕事にプライドがもてたことが、大きな成果でした。今回ほど喜ばれたボランティアはこれまでありません。治療家冥利につきる満足感を味わいました。


(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

兵庫労連が日本経済・震災復興の学習会

全労働者視野のたたかいへ

兵庫労連は五月十三日、“大企業の横暴と闘い、「日本経済」「震災」復興を考える”学習会を開催。講師には月刊誌『経済』元編集長の友寄英隆氏を迎え、約六十人が参加しました。

最初に兵庫労連の北島隆事務局次長が、東日本大震災以降、情勢は大きく変化し、賃金・雇用、消費税、税と社会保障の問題など、全労働者を視野に入れたたたかいをすすめるためにと、企画意図を報告しました。

友寄氏は、大震災後の新しい情勢の意味を、労働者階級の立場からどのようにつかみ、どのようにたたかうのかが、今、問われていると述べ、①東日本大震災・原発大事故の衝撃②日本の政治・経済・社会のあり方の根本的再検討③世界の流れは躍動している―の三点について語りました。

日本共産党の志位和夫委員長が今年のメーデーで、原発をゼロにする期限をきめたプログラムを策定することを政府に求め、一大国民運動を起こすことを呼びかけたことを紹介し、「原発依存のエネルギー政策の転換は戦後の日本経済の資本蓄積・再生産のあり方を『自然と人間の正常な循環の回復』という視点から根本的に見直すことでもある」と解明しました。

友寄氏は、講演の結びとして、「労働者・国民がめざす日本の方向を明確にうち出し、運動をすすめる必要がある」と訴えました。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

五百旗頭真氏が復興構想会議議長とは?

東日本大震災復興構想会議議長の五百旗頭真氏(いおきべ・まこと=神戸大学名誉教授=)は、就任早々「(阪神・淡路大震災の)被災がかわいく思える」と発言、あるいは「震災復興税」の創設を打ち出し、ひんしゅくを買いました。

そもそも、防衛大学校長で日米関係についての学者という彼がなぜ復興構想会議のトップなのか? 違和感を覚えた方は少なくないと思います。

彼は根っからの安保絶対論者であり、「戦争できる国に変える」ための改憲論者です(筆者は04年9月19日付本紙でこのことを紹介しました)。民主党政権が普天間基地をめぐって揺れに揺れたあげく、自民党政権がアメリカと交わした「合意」に立ち戻った時には、次のようにコメントしました。

―「鳩山首相(当時)も就任8カ月を経てそれ(米軍なしに日本はやっていけないということ)を認識し、『抑止力』を口にして現行計画に帰着した。それは正しい認識であり、首相がそこから揺らぐ気配のないことを幸いに思う」(『読売』10年6月1日)
目下進行中の大災害でも「日米同盟の影」を見落とすことはできません。半世紀余にわたる原発推進政策の根底には、アメリカの核戦略と安保体制があります。アメリカと財界の利益優先のもとで、「行革」が強行され、福祉、医療、防災などがどんどん削減されてきました。五百旗頭氏は日米同盟を「公共財」「資産」とまで持ち上げますが、安保体制こそ、日本社会のゆがみ・民衆の不幸の根源ではないのでしょうか。
彼は「ネオコンの勢いで戦火を切った米国の判断は良くないが、ブッシュ政権が決断した以上、同盟国として協力すべきだ。…米国の判断を尊重しなければならない」(03年11月28日『共同通信』)というような〝論法〟が得意です。一見冷静な論立てとしつつ、結論は「日米同盟絶対」に落とし込んでいきます。原理主義的「右翼」とは異なり、危機に当たっての「理性的イデオローグ」としての「能力」が買われたのでしょうか。

“大震災・原発災害を日米同盟を揺るがすような結果に絶対つなげない。むしろ、同盟のいっそうの「深化」への好機にしたい”―日米支配層にそんな意図が働いたのかもしれません。
五百旗頭議長はじめ、「復興構想会議」が、復興とは似て非なるものを、被災者に押し付けることのないよう、きびしく見つめていきたいものです。
S生

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:三木市 板東聖悟議員

リフォーム助成実現、粟生線存続市民の声に応えて

三木市街地を背景に―板東議員
三木で生まれ、三木で育った私が、日本共産党の三木市議会議員になれたことを大変うれしく思います。

私にとって候補者活動は、大変でしたが、とても楽しい経験でした。

住宅リフォーム助成制度を三木市でも実現させるために頑張ります。三木市は大工金物の街ですから他の地域以上に経済波及効果が見込めます。震災前に助成制度を実施している岩手県宮古市の民商に直接聞くと、金物卸業者のトラックも市内でよく見られるようになっていたそうです。

そして、神鉄粟生線の存続のために全力を尽くします。駅でビラをまいていると「粟生線守ってや!」と一見こわおもての方からも通りすがりに声をかけられました。私に期待をしていただいていることをビンビンと感じました。

神鉄は市民の足としての社会的責任を果たすべきです。そして、三木市は市民が神鉄を使いやすくするための街づくりに転換していくべきです。

市議会ではもちろん、あらゆる手を尽くして存続のために取り組みたいと思っています。

「兵庫民報」でも読者の皆さんが板東の記事が出ていることを楽しみにしてもらえるよう頑張ります。今後ともよろしくお願いします。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:小野市 藤原章議員

苦労して働く人たちが 報われる社会にしたい

説明を追鈴垣氏(右)の議席を引き継いだ藤原議員(その左)加
鈴垣元さんの議席を継ぐことができました。先輩に学んで頑張りたいと決意を新たにしています。

私が生まれた大開町は旧満州から引揚げてきた開拓村です。地域の人たちは命がけで引揚げ、開拓の苦労を助け合いながら乗り越えてきました。「戦争は絶対にいけない」「苦労して働く人たちが報われる社会にしたい」これが大開町で育った私の原点です。

東播建設労働組合に勤務し、建設現場で一生懸命に働く人たちのお世話をさせていただく中で、その思いは一層強くなりました。

小野市は「市役所は市内最大のサービス産業の拠点」を唱える蓬莱市長のもとで、子どもの医療無料化や全教室へのエアコン設置など先進的な施策も行われています。

一方で「行政も経営」という視点で職員数は県内最少です。私は今回の選挙で「何よりも人を大切にする政治」を訴えてきましたが、東日本大震災や福祉行政などを考えると、人が少ないことが本当に良いのか、一考すべきだと思います。

四カ月間の活動でしたが、いろいろな声を寄せていただきました。国政を変えないと解決しない課題も多いのですが、自治体が少しでも「住民の暮しや福祉を守る砦」として機能するよう頑張っていきたいと思います。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:太子町 平田孝義議員

涙流し駆け寄ってくれた人も ひしひしと感じた期待

個人演説会で訴える平田議員
二十二歳で故郷・長崎県五島列島から姫路・広畑に転じ、太子町東出ケ丘に住んで三十二年。無我夢中で社会の荒波とたたかい、リフォーム業を営みながら、民商、医療生協、九条の会などの活動を通じ、多くの仲間と出会いました。

その中で「住民こそが主人公」の町政めざし長年がんばってこられた桜井公晴議員の後を引き継ぐため町議選に立候補をと要請を受けました。

党支部は、後援会ニュースや「太子民報」の配布、但馬民商の友人の応援による連日の「赤旗」宣伝車運行で日本共産党の姿を知らせました。

街頭演説では、玄関から飛び出してきて聞いてくれる人、窓をそっと開けて聞いてくれる人、なかには涙を流しながら駆け寄ってくれたお年寄りもあり、私も思わず声を詰まらせての訴えとなりました。最終日、土砂降りの中での朝立ちには二十台あまりの車中から手が振られました。

選挙戦を通じ、「住民が主人公」の町政、安心・安全の福祉・医療の充実、ムダをなくし暮らし優先の町政への大きな期待をひしひしと感じました。また、議員のあり方、議会の活性化への厳しいまなざしも感じました。

これに応え、期待に沿えるよう、公約実現へ全力でがんばります。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:播磨町 松岡光子議員

地域の人々と対話広げ、 「いのちの平等」大切に

自転車で訴えた松岡議員
播磨町議会議員に六十三歳で立候補、初当選した松岡光子です。

私は看護師として働きながら、四人の子育て、両親の介護、孫の世話と走り続け、そろそろ残りの人生、ゆっくり自分らしく暮らしたいと思っておりましたところ、突然、立候補の要請を受けました。私自身の能力・体力の問題、家族の問題もあり、決心がつきませんでした。

播磨町に住んで八年。地域活動といえば、昨年できた医療生協の支部活動と、播磨町9条の会に参加していることと、ご近所の若い人たちとのお付き合い。当選の可能性を確信できない状態の中、「二名の議員を一名に減らすわけにはいかない」と思い、立候補を決意しました。

党と後援会の皆様を信じ、住民の皆様との対話を大切に、地縁・血縁とは無縁の新築住宅やアパートもこつこつ訪問し、様々なご意見・ご要望を聞かせていただきました。昨年実施したアンケートにも「国民健康保険税が高くて払えない。なんとかして欲しい」「医療費無料化を」「住宅リフォーム助成制度を実施してほしい」との願いが寄せられています。

こうした声を実現するため、「いのちの平等」を大切に、「住民が主人公」の立場で頑張ります。


(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

公害・行政・労災アスベスト訴訟が連続開廷

裁判経過を報告する本上博丈弁護士=5月13日

石綿(アスベスト)健康被害の3訴訟の弁論が、5月11日から3日間連続し、神戸地裁でひらかれました。

公 害

▽11日は、国とクボタに対し、旧神崎工場周辺住民が健康被害の賠償を求める公害裁判の第21回弁論が第5民事部(小西義博裁判長)でおこなわれ、約50人が傍聴しました。

原告弁護団は、石綿の大気拡散を過小に主張する被告クボタの準備書面に反論。青・白石綿を使用していた54年から95年にかけ大量の粉塵を工場外に拡散していた事実を指摘。八木和也弁護士は「周辺住民は自らが危険にさらされていることを知るよしもなかった」と述べました。次回は7月12日です。

行 政

▽また、神戸港で長年荷役作業に従事し肺ガンを発症した松本博さん(77)が、石綿被害認定の健康管理手帳は発行しながら、時効を理由に労災申請を認めない国に対し休業補償不支給取消を求めている裁判が翌12日、第6民事部(矢尾和子裁判長)で結審しました。

本上博丈弁護士は「遺族補償と違い、労働者本人の労災申請は時効2年の壁がある。隙間だらけの救済策を正したい」と語っています。判決は9月15日です。


労 災:港湾労働者本人訴訟は9月判決


▽13日は、クボタ旧神崎工場で働き肺ガンで死亡した労働者の2遺族が原告の労災訴訟第8回弁論が第1民事部(長井浩一裁判長)でひらかれました。弁護団は石綿被害への規制を怠った国の不作為の責任を追及しました。次回は7月15日です。

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

劇団かすがい公演「わりかん」

親の介護をテーマに

稽古の一場面
劇団かすがい(樋口伸廣代表)が津々見俊丈作「わりかん」を5月20日から6月4日まで金土日曜の8日間、尼崎市尾浜町の同劇団コミュニティシアターAQで上演します。

若年認知症の妻を介護していた夫が死亡。幕が開くと葬式翌日です。離れて暮らす息子と近所に住む娘が、母親をどうするか話し合いますが、平行線。妊娠がわかったばかりの娘は、産むかどうかも悩んでいます。

愛する人を失った悲しみ、忘れかけた絆、家族だけでは抱えきれない介護の現状が、描かれています。

演出は、樋口さん。「避けて通れない深刻な内容だからこそ、明るく表現したかった。自分なりの料理に仕上げたので、ぜひ観てほしい」と語っています。


劇団かすがい公演「わりかん」

  • 津々見俊丈作、樋口伸廣演出
  • 5 月20 日(金)・27日(金)・6月3日(金):19時
  • 5月21日(土)・28日(土)・6月4日(土):14時30分・18時30分
  • 5月22日(日)・29日(日):11時30分・15時30分
  • 劇団かすがいコミュニティシアターAQ(尼崎市尾浜町1 丁目)
  • 予約制、一般2,500(当日2,800)円、小中高生500(800)円、障がい者1,000(1,300)円、ペア・3人以上・リピーター割引あり
  • ☎06・6428・7292


(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

観感楽学

原発災害で注目される放射線量―その基準は、広島・長崎の原爆被害の調査が基礎になったが、残留放射線の影響・放射性物質を体内に取り込む内部被曝の危険は無視された。放射性物質の残虐さが隠され、「安全神話」を補強した▼核兵器開発や未確立の技術のままの原子力利用を推進する政策が背景にある。こうしてつくられた基準があって、放射線量評価のたびに、「ただちに健康に影響なし」の発言が繰り返された▼内部被曝の危険に光をあてたのは、原爆症認定集団訴訟だった。広島・長崎の被爆者の体験が、内部被曝や残留放射線による被曝と疾病との因果関係を認めさせた▼長崎大学では、長崎原爆で死亡した被爆者の体内に取り込まれた放射性降下物が、被爆から六十年以上たっても放射線を放出し続けている様子の撮影に成功した。被爆の影響調査を続けている放射線影響研究所所長は、原爆の放射線被害で解明されているのは五%程度という。放射線を長期に浴びての人体への影響は未知の部分が多いということだ▼兵器であれ原発であれ、放射能被害を許さないために、広島・長崎の被爆者の被害の実相から学ぶことが出発点になる。 (K)

(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

ひなたぽっころりん(468)



(2011年5月22日付「兵庫民報」掲載)

2011年5月15日日曜日

学生・青年が東日本被災地ボランティア

被災者の要望聞き取り支援の手をもっと

床下からの泥のかき出し
兵庫県学生・青年ボランティアツアー実行委員会の呼びかけで兵庫をはじめ、ブログをみて申し込んできた大阪や和歌山などの学生・青年十一人が、四月二十九日~五月五日、東日本大震災被災地でボランティア活動に取り組みました。

民青同盟中央委員会が岩手県一関市と宮城県仙台市にボランティアセンターを開設。兵庫の青年は宮城県のセンターへ参加し、南三陸町、岩沼市、仙台市若林区などで物資の配布や要望聞き取り、床下のドロかきなどの支援活動を行いました。
支援物資の配布
南三陸町は電気やガス、水道がすべて止まっており物資もないという地域。津波を免れた高台の集落に支援物資を届け大変喜ばれました。

岩沼市では、知り合いから家を借りることができるようになったという方から依頼を受けた日本共産党仙南地区委員会の紹介でのボランティアから始まりました。借りた家も床上一m浸水しているが、住める状態にしたいという依頼でした。床下のドロ出しや津波によって倒されたブロック塀の片付けをしました。

この作業が終わった後は岩沼市周辺の要望聞き取り。この地域は沿岸部から五kmほど離れた場所でも約一mの浸水にみまわれた地域です。出された要望も床下や庭のドロ撤去などがほとんどでした。

がれきの撤去
そうして出された要望に応えていく活動を展開していくと「お隣さんも困っているからやってあげてほしい」「うちの家もやってほしい」など次々と地域住民の方から要望が出され、滞在中だけではやりきれないほどの仕事が出されました。
参加者からは「被災者の方は困っていることを素直に要望として伝えることができない。どんなことに困っているのかを聞きとっていくボランティアは今後も重要だと思った」「ゴールデンウィークで人が殺到して大変だといわれていたけど、要望が十分聞き取られていない。ボランティアはまだまだ不足していると感じた」などの声が寄せられています。

党宮城県委員会の復興支援センター前に集まった
ボランティアツアー参加者

(党県委員会青年学生部・上園隆)

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

東日本大震災支援:岩手に行ってきました

鷹江精一

仲間四人で四月十七日から七日間、災害支援に行きました。職場同僚や友人、西区の9条の会の人たちから預かった支援金・物資を車に満載し、陸前高田市に向かいました。

陸前高田市立米崎小学校で紙芝居を見る子どもたち
十八日昼、陸前高田市立米崎小学校着。「手伝うことはないですか?」と聞くと、「ここは大丈夫」とのことで、市の社会福祉協議会に行き支援登録をしました。ここのスタッフも多くが被災し、人手不足で、岩手大学の若者が手伝っていました。

私たちも五日間、物資の仕分けや運搬、配布、被災家屋の泥出しなどをしました。

小中学校など大きな避難所には、自衛隊や行政の支援が来ていましたが、在宅避難の人たちは水や食料、衣料、日用品などが手に入らず、苦労をされている様子でした。私たちが小さな集落へ物資配布に行くと、たいへん喜ばれました。

陸前高田民商の事務所で食事
車で十五分ほどの住田町は、スーパーマーケットやガソリンスタンドが普通に営業しており、津波被災地との較差にびっくりしました。日帰り温泉のある別の町では、支援者の車がたくさん停まっていました。

被災者は車も流され、自分たちだけでは動けません。陸前高田では、自衛隊設営の風呂があっても週一、二回しか入れないとのこと。こんなときこそ行政が費用や人を負担し救援すればいいのにと腹立たしかったです。

早く義援金を被災者に届け、バスなどで買い物に行ってもらえたらと思いました。配布される物を受けとるより、自分で買い物するほうが、元気が出るのではないでしょうか。被災された方がたを思い義援金を託した人びとの気持ちにも応えられると思います。

国民が困っているときこそ、心のこもった政治を期待します。

(西神ニュータウン9条の会)

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

レッドパージ兵庫訴訟 5月26日判決

61年待った名誉回復


占領下の61年前、共産党員を理由に職場を追われ、家族ともども辛酸きわめる人生を強いられたレッドパージ被害者。「生きているうちに名誉回復を」と求め09年3月、神戸地裁に提訴した原告3人の裁判は5月26日、判決が言い渡されます。

高齢をおし、裁判に訴えたのは(写真左から)、川崎義啓さん(94)=旭硝子=、安原清治郎さん(90)=川崎製鉄(現JFEスチール)=、大橋豊さん(81)=神戸中央電報局=の3人です。

日本弁護士連合会が大橋さんたちの申し立てに基づき08年10月、国、旭硝子、JFEスチールに、3人の名誉回復や補償を含めた適切な措置を講ずるよう勧告したことが提訴の後押しになりました。

提訴から2年。9回の弁論がひらかれ、昨年5月には原告3人の本人尋問。11月には明神勲北海道教育大学名誉教授が原告側証人として証言しました。

守るべきは思想信条の自由

川崎さんと大橋さんはこの間、妻を病気で亡くしました。

判決を前に、川崎さんは「一生をかけた裁判。勝利判決に決まっている。憲法上からいっても思想信条を侵すことはできない。歴史に残る判決になるだろう」と語ります。

安原さんは「レッドパージのため結婚できなかった。ひとりで生きてきた。賠償金額の問題ではない。勝てばいい。法治国家として守るべきこと、思想信条の自由を守ってほしい」と強調します。

大橋さんは「レッドパージに対し司法の場で初めて憲法に基づく判決が出る。新しい一歩をひらくものになるだろう」と言います。
原告たちは裁判支援の募金を呼びかけています。郵便局口座00920・9・152722 兵庫県レッドパージ国家賠償要求同盟

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:県議会東灘区 きだ結氏

安心して子育てでき、子どもたちの笑顔はじける兵庫へ

きだ結県議(中央)と
東灘区選出の松本のりこ(右)、西ただす(左)両神戸市議

神戸市東灘区から県会議員に当選いたしました、きだ結(ゆい)です。みなさんの温かいご支援のたまものだと感謝しております。

私は、十六年間、東神戸病院の薬剤師として働いてきました。また小学校三年生と五歳の子どもの母親です。

医療の現場で遭遇した、医療費を捻出できず手遅れになった方がたの無念の涙を県政に届けたい、また安心して子育てができ、子どもの笑顔がはじける兵庫にしたい、とがんばってきましたが、そのスタートラインに立ちました。

選挙戦の中で、子育て世代からは「中学校給食を何としても実現して」「子どもたちの未来のために、きださんは当選しなければいけない」、高齢者の方からは「年寄りは取られるばかり。長生きしても何もええことない。少しでも変えてほしい」と、切実な声をたくさんお聞きしました。それは軽いものではなく、しぼり出すような思いが詰まったものでした。こうした声にこたえ、中学校給食や中学校三年生までの医療費無料化、国保料引き下げなど公約の実現に全力をあげます。

議会の中では少数派でも、主張に道理があり、県民と力を合わせれば県政を動かすことができます。粘り強く、堂々とがんばっていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

(県議の任期は6月11日から)

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:神戸市西区 花房ふみこ氏

中学校給食実現など子育て環境しっかり整えたい

メーデー県中央集会デモ参加者を激励する花房ふみこ氏
神戸西区選出の花房ふみこです。女の子三人の母親としても子どもたちの未来のために今、自分に何ができるのか考えた結果の立候補です。

西区のみなさんと地元の伊吹東小学校のマンモス校問題で北町に新しい小学校を新設するよう要求し実現にこぎつけました。私の周りの子育て世代では中学校給食の要望は本当に大きな声です。次は中学校給食、プレハブ教室の解消にみなさんとご一緒に取り組んでいきたいと思っています。

少子高齢化の社会でこれからの日本を支えていく世代のためにも若者の就職問題、子育て環境はしっかりと整えていかなければならないと日々実感しています。

普通の人が普通に正社員で働け、ゆとりのある生活をすることは社会の仕組み次第で十分可能なことだと思っています。若者が将来に夢も持てないような社会では国の発展は望めないのではないでしょうか。

すべての人が未来に希望が持てるそんな社会にするためにも全力で取り組んでまいります。よろしくお願いいたします。

(神戸市議の任期は6月11日から)

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:明石市 楠本美紀議員

地域のみなさんと協力し助け合えるまちづくりを

明石海峡を背に抱負を語る楠本美紀議員
私は保育所で働きながら、新婦人明石支部の常任、明石市女性団体協議会の委員、明石市都市計画審議会の委員などをしてきました。

今回、多くのみなさまに支えられて当選できました。選挙期間中には、国保料の引き下げ、中学校給食を早く実現して欲しい、踏み切りの幅を広げて歩行者が安心して歩けるようにして欲しい、コミュニティバス路線の増設を、市民病院の充実を―など多くの方から様々な要求をお聞きしました。三つ子ちゃんを育てているお母さんからは医療費の助成をして欲しいとの願いが寄せられました。

市民のみなさんのこうした要求の実現のため全力でがんばります。

今回選挙で回ってみて田んぼやため池が宅地になり家がどんどん建られていることが分かりました。新しい街には自治会をつくることが困難で、また、古くからの街でも、一人暮らしの高齢の方が自治会をやめてしまったり、どこに誰が住んでいるのか分からない状況が広がっています。地域のみなさんと協力しながら、いざというとき助け合える街をつくっていきたいと思います。

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

新人議員紹介:明石市 西川あゆみ議員

年をとっても障害があっても誰もが元気に暮らせる明石市に

魚の棚商店街と西川あゆみ議員
兵庫民報読者のみなさん、こんにちは。明石市議会へ送りだしていただきました、西川あゆみです。

阪神・淡路大震災で失業したことをきっかけに転職した神戸の精神障害者施設で十年働いてきました。この施設は被災して全壊、仮設の作業所でしたが、利用者にとっては大切な居場所。少ない予算で施設の運営は厳しく、再建には時間がかかりました。そして、障害を自己責任とみなし、負担を強いる障害者自立支援法に、利用者も職員も苦しみました。

この時の経験から、福祉を良くするには政治を変えないと!という思いを強くしました。

いま私は夫とともに三人の子育て中です。子どもたちは私にとって希望と幸せの源ですが、子育てにはお金がかかり、仕事と家庭の両立も大変です。

同世代のお母さんたちから「中学校給食をぜひ実現して!」「子どもの医療費は無料に」と切望する声が本当にたくさん寄せられています。介護職の青年が「介護の質も、職員の待遇も良くしてほしい」と事務所を訪ねてくれたことも忘れられません。

市民のみなさんとご一緒に、安心して子育てができ、誇りを持って仕事が出来る社会をつくりたい。年をとっても、障害があっても、誰もが元気に暮らせる明石市を実現するため、全力で頑張ります!

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

神戸市議選 日本共産党の当選者


神戸市議選(4月10日投票)の日本共産党の当選者は次のとおりです。


▼東灘区
 松本のり子氏(54)=現=
 西ただす氏(35)=現=

▼灘区味口
 としゆき氏(41)=新=

▼兵庫区
 大かわら鈴子氏(45)=現=

▼長田区
 森本真氏(48)=現=

▼北区
 金沢はるみ氏(53)=現=

▼須磨区
 山本じゅんじ氏(44)=現=

▼垂水区
 赤田かつのり氏(43)=元=

▼西区
 花房ふみこ氏(41)=新=

中央区大前まさひろ氏(30)=新=は及びませんでした。

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

住宅ローン金利引き下げ今後も可能

金融円滑化法来年3月まで延長

「金融円滑化法(中小企業者等に対する金融の円滑化を図るための臨時措置に関する法律)」が今年度末(二〇一二年三月三十一日)まで延長され、住宅ローンの金利を下げることが引き続き可能になりました。

「金融円滑化法」は、「現在の経済情勢のもとで、住宅資金借入者の生活の安定を期し、もって国民生活の安定向上と国民経済の健全な発展に寄与する」(法第一条)を目的にできた法律で、現在住宅ローンを組んでいる金融機関に対し、負担軽減(金利引下げ)を申し込めば、金融機関側は「できる限り、条件の変更、借換えその他の負担軽減措置をとるように努め」(法第五条)なければなりません。

「相談」ではなく「金融円滑化法に基づく住宅ローンの金利引き下げ申込み」だということが大切です。相手には収入減少や負担増(たいがいの方は介護保険料等が引き上げられている)など、生活が大変になっていることを説明します。また、他の金融機関で借換え試算を出してもらっておくと交渉に使えます(手数料を取られる場合があります)。金利を引き下げなかったからといってその金融機関に罰則がある訳ではなく、あくまで交渉ですが、「電話一本で下がった」という事例もあります。

いわゆる「ゼロ金利」のもとで、中小企業への融資や各種ローン、提携している消費者金融への金利は高いままですし、メガバンクは税金投入も受けているのですから、金利を下げる体力は十分あります(住宅金融支援機構は少し事情が異なります)。

「きちんと説明しない」「納得できない」などの場合は、その場で近畿財務局へ電話し、金融機関を指導してもらうことができます。

(党国会議員団兵庫事務所次長・金田峰生)

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

各地でメーデー集会

被災者復興のためにも“あたりまえの日本社会”へ転換を

国民春闘兵庫県共闘委員会に結集するメーデー集会は5月1日を中心に県下10カ所で開催されました。


神戸東遊園地で1日行われた第82回県中央メーデーには3千人が参加(写真)。実行委員会を代表して津川知久兵庫労連議長が「阪神・淡路大震災後、被災者生活再建支援法を実現させたたたかいの上にいっそう共同を広げ、東日本大震災の被災者復興のためにも、“まじめに働けば安心して生活できる当たり前の日本社会”へ転換させよう」と開会挨拶で訴えました。

来賓挨拶や各分野からの決意と訴えの後、福島県労連の後藤剛志事務局次長が特別報告――地震・津波・原発事故・風評被害の四重苦の実態を報告するとともに、津波による原発重大事故の危険性を2005年から繰り返し東京電力に指摘したにもかかわらず東電が耳を傾けてこなかったことも明らかにし、人災以外のなにものでもなく、すべての被害者への全面的補償をと、東電と国に強く迫っている取り組みを報告しました。

日本共産党の堀内照文兵庫国政委員長も来賓挨拶で、ともにたたかう決意を表明しました。

参加者は、閉会間際から降り始めた雨にもまけず県庁前までデモ行進し、市民に訴えました。

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

各地で憲法集会

いまこそ日本国憲法のこころを

日本国憲法施行64周年を記念する集会が5月3日の憲法記念日を中心に尼崎、西宮、姫路など各地で開かれました(はりま集会は3面に記事)。

兵庫県憲法会議などでつくる実行委員会による「神戸憲法集会」は三日、神戸市勤労会館で大ホールいっぱいの500人の参加で開かれました(写真)。

宝塚歌劇オーケストラの渡邊悦朗氏らによるファゴット&ピアノ演奏の後、森英樹名古屋大学名誉教授が記念講演しました。

森氏は、東日本大震災に便乗した改憲派の動きも指摘し、震災・原発事故の背景、日米関係、世界情勢などを分析し、平和と主権在民、基本的人権尊重の「憲法のこころ」に立ち返ることの重要性を強調しました。

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

憲法を守るはりま集会 540人参加

第33回憲法を守るはりま集会(実行委員会主催)が5月3日、姫路市文化センターでひらかれ、540人が参加しました。

実行委員長の岩田健三郎さんが挨拶。「津波や原発、これも憲法の問題。この国は命を大切にしているか。生存する権利、豊かに生きる権利が守られているか。その最たるものが戦争。総力あげ憲法9条を身につけたい。憲法も人権も、権力をもつ側が破るもの」と述べました。

ジャーナリスト堤未果さんが「貧困大国アメリカと日本の未来」と題して講演。先進国でありながら餓死寸前の人が増え、10人中6人に定職がないなど、アメリカの現状は「戦争するために、政府が貧困をつくっている」と紹介。そして小泉政権以来、民営化の進行や自己責任論の浸透など、日本も同じ道を追っていると指摘しました。それを阻む方法があり「主役は憲法」と語りました。

集会では憲法を歌う市民合唱団が演奏。長男をイラク戦争で失ったアメリカの母親、キム・ロザリオさんの詩を堤さんが訳詞、池辺晋一郎さんが曲をつけた「私たちが進み続ける理由」ほかを歌いました。また実行委員会製作スライド「戦争と貧困」を上映。不況と貧困を背景にした日本の侵略戦争から今日までを検証しました。

参加者は「活かそう憲法!守ろうくらし!未来は私たちが選ぶ」とする集会アピールを拍手で確認しました。

写真:「私たちが進み続ける理由」を演奏する市民合唱団=5月3日、姫路市文化センター

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

神戸平和と労働会館開設1周年

神戸平和と労働会館開設1周年のつどいが5月1日、神戸市長田区腕塚町の同会館1階喫茶若草物語でひらかれ、60人が参加しました。

同会館は、これまでにピースフェスタや写真展、労働相談など、延べ1千人を超す人たちが利用しています。

参加者からは「三菱神戸造船の商船建造を残そう」「原発から自然エネルギーに転換させるとき」との挨拶が相次ぎました。

つどいでは、メーデー歌を合唱。手品が会場を沸かせました。

日野雅春館長は「この会館を労働運動の発展に役立てたい」と挨拶しました。

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

詩:五月の風

神野 忠弘

春も夏も秋も冬も美しい
五月はいつか通らなければならない道を
歩いて人々が広場に集まってくる

やすらかに過ごしてくれ
やすらかに過ごしたい

大会社の決算報告書より
アメリカの景気より
日本の国債より
労働者の格付けは低くなった
レベルが上がったのは原発事故だけ

ガタガタ ギシギシ揺れて
記憶が崩れても支え合う日々を見てきた
リアス式海岸の町遠く 村遠く
眠れぬ夜を激しく生きる

二十キロ以内立ち入り禁止
風評を口にするな
耕耘するな
収穫するな
作付けするな
海に出るな

いのちは他人に預けなくてはならず
安心がない抜け穴をくぐらされ
雇用は羽根が生えて飛んで行き
ネクタイに背広を着込んでも
行き場がなく ひきこもらされる

季節は五月
風は五月だ
広場が見える

(神戸詩人会議同人)

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

一コマまんが

なかなか人災とは言わない


間 康成

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

クロスワードパズル(5月)


たてのカギ

1 首都はナイロビ
2 ←→陽性
3 賛成か――か
5 窮余の――
6 ――は友を呼ぶ
9 東海道・山陽新幹線
12 きたないこと、――な話ですが
15 絵を描くのに使う厚紙
17 ←→喜劇
18 憲法第30条――の義務
20 ←→偶然
22 採否・適否を調べること
24 コレラの俗称
26 くらい、「名誉ある――を占めたいと思う」(憲法前文)

よこのカギ

1 新聞・雑誌などに文章をのせること
4 登山用の綱
7 ――の一字
8 10億分の1を表す単位の接頭語
10 ペア
11 「馬酔木」と書く、早春に白い小さな花を付ける低木
13 面倒、何の――もない
14 折り紙に使います
16 俳句を彫った石
19 ――曲折
21 ――にひかれて善光寺参り
23 技量のすぐれていること、――の職人を集める
25 英語のat、on、toなどの品詞
27 松本清張作「――の焦点」
28 くわしいこと、――面談
29 ――駆動


二重四角の中の文字を①~㉞の順につないでできた文章と住所、氏名、年齢、電話番号をハガキまたはファクス(078・577・9637)で送ってください。

余白にご意見や話題も書き添えてください。

【しめ切り】6月26日(日)
【あて先】〒652‐0811神戸市兵庫区新開地3‐4‐20 兵庫民報編集部クイズ係
【賞品】正解者の中から5人に図書カードを送ります。

(2011年5月15日付「兵庫民報」掲載)

2011年5月1日日曜日

県内の東日本大震災被災者に生活用具と一時金を

日本共産党が県に第二次申し入れ

日本共産党兵庫県委員会救援本部(本部長=堀内照文)と兵庫県議団(団長=練木恵子)は四月二十日、兵庫県に対し、県内の県営・市営住宅に受け入れている百四十一世帯・四百六十人(四月十五日現在)の東日本大震災被災者への支援について要請しました。

要請内容は―①県内の県営・市営住宅に入居している被災者に、必要な生活用具を支給すること②被災者へ生活支援一時金を支給すること―の二点です。

県は、県営住宅に受け入れた被災者に「照明器具、ガスコンロ、毛布」のみを支給し、あとはNPO団体等の支援に頼っている状態です。日本共産党は、「受け入れた行政として被災者が安心して避難生活をおくれるよう最後までお世話をするべき」とし、県として被災者の実態と要望を早急に把握し、希望する必要な生活用具を支給すること、そのための体制と制度を設けることを求めました。

また、岡山県や徳島県などが被災者に生活支援の一時金として十万~三十万円を支給しており、兵庫県でも実施するよう求めました。

要請を受け取った藤原雅人県防災監は「被災者が兵庫県に避難してきてよかったと、第二の故郷のように思ってもらえるようがんばりたい」としつつ、「色々難しいが検討する」と述べました。

県議団は、「知恵と工夫、そして決断があればできること。宝塚市などではすでにできている」などと指摘し、実現を重ねて求めました。
要請は、ねりき恵子、杉本ちさと県議と尼崎で議席回復を果たした宮田しずのり氏が行い、県委員会から金田峰生救援本部事務局長が同席しました。


写真:藤原防災監(右)に申し入れる日本共産党の(左から)宮田、杉本、ねりきの各氏

(2011年5月1日付「兵庫民報」掲載)

県立淡路病院移転先は海抜1.3m

防災対策の見直しを—日本共産党が県民局に要望

日本共産党淡路地区委員会と片岡格、小坂雅計両洲本市議、佐藤裕子、鎌塚聡両淡路市議、蛭子智彦南あわじ市議は四月二十日、藤原道生淡路県民局長に対して、防災計画の早期見直しと、県立淡路病院の工事中止を求める要望書を手渡し、懇談を行ないました。

防災計画について日本共産党側が、東日本大震災を受けて、少なくともM9を想定した対策に見直すよう求めたのに対して、藤原県民局長は「分析やシミュレーションをやって早急に防災計画をつくりたい」と答えました。

県立淡路病院は現在、洲本市下加茂一丁目にありますが、二〇一三年開院予定で洲本川河口の同市塩屋一丁目・旧カネボウ電子跡への建て替え建設工事が始まっています。しかし、新病院の敷地が海抜一・三mであることから、日本共産党は、いったん工事を中止し、万全な防災対策をとるよう主張しています。

今回の要望に対し、藤原局長は、「一m高く土を盛った状況で建設をはかる」と述べ、工事を中止することには言及しませんでした。

一方、南あわじ市福良港近くに建設予定の人形会館について藤原局長は、「避難場所として整備する」として県防災計画の位置づけの中で検討し、南あわじ市と情報交換していきたいと述べました。


写真:淡路県民局(左)に要望する日本共産党議員ら(右)

(2011年5月1日付「兵庫民報」掲載)

仙台へボランティアに行こう

学生新歓実行委員会が呼びかけ

現地報告会
兵庫学生新入生歓迎実行委員会では、新入生のボランティアに行きたいという声にこたえ、ゴールデンウイークの四月二十九日~五月五日に宮城県仙台市にボランティアに行くことを決め、準備をすすめています。四月二十一日には、さっそく現地に行った介護福祉士を迎え、現地報告会を行いました。ツアーには現在八人が参加予定です。

問い合わせは☎078・371・1971(民青兵庫県委員会内・ボランティアツアー実行委員会)まで。

連続学問講座も開催

同実行委員会は、日本科学者会議の後援を受けて、連続学問講座も開催。次回は、五月二十日(金)、神戸大学発達科学部の中川和道氏を迎え、「福島原発事故とは、何だったのか?」と題して行います。会場は神戸学生青年センター。問い合わせは☎080・4244・3074(上園)まで

(2011年5月1日付「兵庫民報」掲載)

郵政再雇用裁判勝利めざして決起集会

6月に証人尋問はじまる


明確な理由のない継続雇用拒否は組合差別を目的としたもの―郵政事業会社を相手どり、郵政産業労組の組合員4人が地位確認を求め、神戸地裁へ提訴し1年5カ月。裁判勝利をめざす決起集会が4月22日、神戸市婦人会館でひらかれました。

郵政再雇用裁判を支援する兵庫の会(代表委員=津川知久兵庫労連議長ほか)が主催し、約80人が参加しました。

原告は古跡和夫さん(神戸支店)、戎原昭治さん(姫路)、相楽寛さん(尼崎)、中田健二さん(新大阪)です。4人は08年60歳になりました。継続雇用を求め、選考試験を受験しましたが09年3月、不合格通知が届きました。郵産労組合員15人中13人が不合格。組合の追及に人事担当者は「総合的判断」「面接の結果」と答えました。

近畿労働局へ斡旋申請や厚労省要請を経て09年11月、神戸地裁へ提訴しました。6月9日、30日には証人尋問がおこなわれます。

昨年とことし、不合格者はいません。4人の提訴が会社への圧力になっています。

集会主催者挨拶で津川議長は「郵政事業会社は、多くの非正規雇用者を使用する国内最大のワーキングプアメーカー。そのうえ職場つぶし、組合差別も辞さない。すべての攻撃に屈せず声を上げてきた郵産労と原告らの闘いに確信をもとう」と呼びかけました。

経過報告で増田正幸弁護士は「高年齢者雇用安定法に司法的効力を求める裁判。年金支給開始引き延ばしで路頭に迷う労働者を放置していいのか。郵政会社の人事評価基準も恣意的。ぜひ傍聴席を埋めてほしい」と強調しました。支援の会事務局は地裁あて要請署名への協力と、カンパを訴えました。

原告が挨拶。「このまま頭を垂れることはできない」「闘いで道が切りひらかれる。裁判できっちり決着をつけたい」と述べました。

写真:裁判支援を訴える原告の(左から)古跡和夫さん、戎原昭治さ、中田健二さん

(2011年5月1日付「兵庫民報」掲載)

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