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2011年2月13日日曜日

不屈の人々―治安維持法による弾圧犠牲者(4)

燃え上がる炎…八・二六弾圧

プロフィンテルン大会

一九三〇(昭和五)年プロフィンテルン(赤色労働組合インタナショナル)第五回大会が開かれ、兵庫からは海員の中で活動していた白川芳松が参加した。白川がこの大会から持ち帰ったのは、極左的傾向を改め大胆に労働者の経済的要求獲得の先頭に立って闘い、広範な大衆を獲得していくという方針であった。

彼は帰国後、党中央に連絡し、兵庫地方委員会結成について了解を得る。

広がる大衆運動

兵庫地方委員会は積極的分子の入党、細胞(支部)を工場・学校・地域に建設、共産青年同盟(共青)の拡大・強化の方針を決めた。白川は共青を直接指導し、神戸では市電・商大・関学などに、姫路では姫高・郵便局などに組織をつくった。

二月事件以後、解放運動犠牲者救援会(モップル)が神戸支部として再建強化された。労働運動では兵神ゴム争議などがあり、全協(日本労働組合全国協議会)組織は着実に伸び、神戸市電執行部にも進出していた。農民組合県連は左派の全農全会派に属し、発展していた。

ナップ戦旗社神戸支局

一九二八(昭和三)年に創設されたナップ(全日本無産者芸術団体協議会)は、久坂栄二郎を関西地方オルグとして派遣し、神戸の上筒井に戦旗社神戸支局を設けた。付近に神戸高商と関学があり学生の運動とも連携した。

戦旗社神戸支局下には各高校・大企業・市電・百貨店の班が存在し、定例的な読書会が女性も含め開かれていた。また久保によって作家同盟神戸支部、演劇同盟関西支部(大阪)、映画同盟(京都)が結成され、ナップ関西地方委員会を構成した。

八・二六弾圧

一九三一(昭和六)年八月二十六日、再建間もない日本共産党が一斉弾圧を受ける。検挙されたのは全国で三百三十名、うち関西三府県で百八十五名、兵庫は百名、白川ら七十八名が起訴された。

検挙者は神戸では市電・神鋼などの、姫路では郵便・電話などの労働者が多い。学生では神戸商大・関学生と並んで姫高生もいた。

この中に宇治電(現山陽電鉄)で全協を組織していた大坪昇がおり、彼は戦後有名になる作家・椎名麟三である。

また党姫路地区の責任者竹内武男は(後年「神戸詩人事件」で再検挙される)、同じ姫中出身の大塚徹・松本重雄らと文学雑誌を出して影響を広げていた。彼は姫路砲兵連隊にも働きかけていた。

この一斉検挙は、労働運動・農民運動の盛り上がりの中で、共産党が大衆化路線で拡大していく情勢に官憲が恐れを抱いたからである。

(木津力松氏の「治安維持法犠牲者名簿素稿」に基づき戸崎曽太郎記)


(2011年2月13日付「兵庫民報」掲載)

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