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2011年1月16日日曜日

思想弾圧の歴史繰り返さぬために

治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟兵庫県本部 佐野陽三会長にきく

佐野陽三会長
ことしは「満州事変」から八十年、太平洋戦争開戦から七十年。その戦争に国民を動員する上で猛威をふるった治安維持法の犠牲者への国家賠償を求め運動をすすめている治維法同盟の取り組みをききました。


国として謝罪し賠償を

―治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(略称=治維法同盟)とはどんな団体ですか?

佐野 治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟は一九六八年、歴史の教訓を後世に伝えるとともに、治安維持法など戦前の悪法で弾圧の被害をうけた犠牲者たちに国として謝罪をし、国家賠償を行う法律を制定させる運動をすすめるため、弾圧犠牲者たちを中心に結成されました。兵庫県では一九八二年十月三日に県支部がつくられました。

民主主義の広がり恐れ

―治安維持法はどんな法律だったのですか?

佐野 治安維持法は一九二五(大正十五)年、普通選挙法と抱き合わせで制定されました。

二十世紀前半の日本では天皇が絶対的な主権者として国民の権利と自由を奪い、アジアへの侵略と植民地支配をすすめていました。そうした中でも労働組合や農民組合などが主な担い手となって社会進歩をめざす運動が広がり、二二年には民主主義と反戦平和の旗をかかげて日本共産党が創立されました。

そういう情勢のなかで治安維持法は、民主主義運動の力が強くなることを恐れた権力側が、それを弾圧する目的でつくったものです。第五十回帝国議会での法案審議の中でも言論や社会運動、学問の自由への弾圧になると懸念する意見が出ましたが、政府は「国体の変革」「私有財産否定」を主張する共産主義者の結社のみを対象にしたものだと答弁しています。

しかし歴史はそれだけではなかったことを証明しています。二八年の第一回普選のあと三・一五弾圧が行われ、治安維持法を天皇の命令である緊急勅令によって改悪し、最高刑を「死刑」に引き上げました。「特別高等警察」(特高)などの弾圧機関を全国にはりめぐらし、猛烈な弾圧をくりかえすことになります。

犠牲者は数十万人に及ぶ

―犠牲者はどれぐらいになったのです?

佐野 虐殺された人八十人以上、拷問・虐待などによる獄死千六百人余り。送検された人七万五千六百八十一人。逮捕・投獄された人は数十万人に及びます。

虐殺された人として『蟹工船』を書いた小林多喜二が有名ですが、神戸で民主的教育運動に献身した岡倉愛穂が一九三七年に御影署で虐殺され、現在のたつの市出身の哲学者・三木清も終戦後に獄死するなど、兵庫県でも犠牲者は少なくありません。

日本共産党がほとんど壊滅させられた後には、「コミンテルンの指示による」との疑いをかけ弾圧しました。「共産党員に飯を喰わせた」ということだけで罰せられました。さらに社会主義者、自由主義者、宗教家、文化人まで弾圧は及びました。猛烈な弾圧と迫害は「アカはこわい」という意識を国民の中に広げ、労働者や農民の運動にも分裂をもたらしました。治安維持法は戦争に反対する者を弾圧しただけでなく、国民の心の中まで踏み込んで戦争遂行に協力させる法となっていったのです。

急がれる犠牲者の発掘・顕彰

―現在、どんな運動に取り組まれているのですか?

佐野 同盟は犠牲者に対する政府の謝罪と国家賠償を求める運動を軸に犠牲者の発掘・顕彰にも取り組んでいます。

国会請願署名の運動は一九七二年の第四回総会で提起され、七四年四月十六日、二千六百三十筆の署名で第一回の国会請願を行い、昨年五月には、民主党政権の「要請窓口一元化」の影響もあって紹介議員は七十二人(一昨年は百二十八人)と後退しましたが、全国から三十万五千筆余の署名で国会請願を行いました。兵庫からも一万筆を超える署名をもって参加し、七人(過去最多)の兵庫県選出議員の紹介を得ました。

「国家賠償法制定を求める」意見書の採択を求め、地方議会への請願運動も進めています。県下では尼崎市議会において〇七年に四十五万都市で初めて意見書が採択されました。

既に、生存されている犠牲者は全国でも百人にたらず、兵庫県でも二、三人です。九十歳を越えている人がほとんどです。また、親兄弟にも及ぶ激しい迫害のため、弾圧を受けたことを隠し通した人も少くありません。歴史の事実を伝えること自体が難しくなっていますので、犠牲者を発掘・顕彰する取り組みがますます重要性を増しています。いま同盟は「治安維持法弾圧犠牲者名簿」作成に取り組んでいます。

また戦前、治安維持法に敢然と立ち向かった弁護士・布施辰治のたたかいを描いたドキュメンタリー映画の鑑賞をすすめる取り組みも行っています(一月二十二日から一週間、神戸・元町映画館で上映)。

これから「兵庫民報」の紙面をお借りして、兵庫での主な弾圧事件と犠牲者を紹介する連載をはじめますので、ぜひお読みください。

戦後補償のゆがみ正そう

―歴史の教訓を伝えるということは、今日的にも大きな意義を持つとおもいますが。

佐野 日本弁護士会連合会は、九三年十月二十八日の人権擁護大会における基調報告「日本の戦後補償」の中で、「治安維持法犠牲者は日本の軍国主義に抵抗し、戦争に反対したものとして日本国憲法の基本原則からすれば、その行為は高く評価しなければならない」「他の戦争被害補償に先んじて補償がなされなければならないのに、それが放置されているところに、日本の戦後補償の歪みが端的にあらわれている」と指摘しました。

いま、憲法改悪反対をはじめ、再び戦争と暗黒の政治を許さないたたかいの一環としても、人権を守る運動の一環としても、私たちの同盟は取り組みをいっそう広げ、強めているところです。

(2011年1月16日付「兵庫民報」掲載)

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