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2017年10月21日土曜日

いっしょに政治を変えていきましょう

憲法をないがしろにする安倍政権に対し立憲主義を守るたたかいを通じて日本共産党と知り合った安保関連法に反対するママと有志の会@兵庫の向山桂子さんと、広島で被爆、苦学のなかで党の姿を知った杵守春美さんに、政治へ関わる思いや日本共産党についてご寄稿いただきました。(紙面の都合で再構成していますので文責は編集部/写真は別の機会に撮影したものです)

ブレない姿が頼もしく

安保関連法に反対するママと有志の会@兵庫向山桂子さん



私は、安保関連法に反対するママと有志の会で「だれの子どももころさせない」というスローガンのもと同じ思いをもつ方々とともに、子どもたちが生きていく未来を平和な社会にしたいと活動を続けています。共謀罪が可決されてからも、繋いだ手を離さず横のつながりを大切にして行動しています。
どこかの政党を支持する立場ではなく、今できることは何だろうと考え政治に関わっています。政治を知れば知るほど、生活に直結していると感じるからです。主権者である私たちが政治に背を向けていたら、いつまでたっても生活は良くなりません。国家権力を縛るはずの憲法を変え、緊急事態条項が組み込まれ、国のために戦争に行く、そんな日が来るように思えてなりません。
実際に政治を変えていくのは、日ごろの政治への監視と選挙での投票です。
政治への監視とは、国会の様子をみることだけでなく、日常の生きづらさを政治に結びつけて諦めず声をあげること、周りの方と共有することです。
そして選挙。選挙とは投票するだけではなく、候補者さんと積極的に関わっていくことだと思っています。選挙は政治家だけがやっているものではなく、応援している人も含めみんなで創り上げていくものにしていきたいです。こうなってほしいという未来があるならば自分もいっしょに行動したい、そんな思いで関わってきました。
そんな中で、しっかりとした綱領をもとにブレることのない共産党の姿は頼もしくありました。
私が政治に望むことは、憲法に基づいた民主主義が実現できる議席を、国会の中に取り戻すことです。対話を大切にした話し合いを国会に求めます。
そのために、私ができることをこれからも模索し実行していきたいと考えています。

苦学するなか党の姿知り

広島で被爆、須磨区で美容室を開いていた 杵守春美さん



私は太平洋戦争勃発の年、昭和十六年生まれ。三歳と十カ月の時、ピカドンが投下されました。真夏の朝の明るくまぶしい陽ざしのなか、強烈な稲妻が走ったことを、今でも鮮明に憶えています。
「広島がええりゃことになったどう!」と大人たちが叫びながら走り回っている姿を茫然と眺めていました。爆心地より離れた尾道ですが、次の日から、縁側に灰が積もっていて、そうです「死の灰」とも知らず、私は母と必死で拭いていました。結果、今では、異常な白血球・赤血球の数値です。めまいは週に二、三度。狭心症もあり、ニトロはいつも財布に入れて持ち歩いております。弟妹たちも皆、甲状腺の病気があります。姪も生まれつき心臓に小さい穴があり、無理はできませんが、脳梗塞の母を抱えて介護と仕事に追われています。甥も腎臓が悪く疲れやすい体質です。因果関係を医師に尋ねると、どの医師からも返事はありません。
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家庭の事情で五歳から働いていて、義務教育すら受けられませんでした。でも、子どもにも手がかからなくなった四十二歳で、やっと、通信教育、青雲高校への入学がかない、有意義で楽しい四年間を過ごさせていただきました。通信教育といっても月二~三回のスクーリングで、若い人との交流が楽しみでした。
ちょっぴり生意気ですが、子どものころからなぜか共産党が好きでした。貧乏人の味方、人を差別しない。
学校に行けない私は、図書室の本を風呂敷に包み肩に担いで持ち帰り、雑学ではありますが、それらの本、道端で拾った本を、内職の無い夜、ローソクを頼りにむさぼり読みました。色々な本を読み進む中、戦中「戦争反対」と言っただけで憲兵に捕まり、拷問を受け、投獄されたり、殺されたり、国家権力のどんな迫害にも屈しなかった先人たちの高潔な志を受け継ぎ……等々色々本から学びました。学校へ行く時間のない私にとって本だけが先生でした。
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私は二十一歳から小さな美容室をもつことができ、年上の方、若い人、多くのお客様と接することができ、色々と人生を学ばせていただきました。一人の尊敬するお客様に入党を勧めていただき、喜んでこの春、入党しました。
仕事は大好きで、腕を磨くために市内連合、県大会、全国大会の着付けの部、ヘアーの部に頑張り、コンクール出場を続け、トロフィー・賞状は置き場がないほどいただきました。それは努力したという誇りです。
でも、手指の術後、店を閉めることを決心しました。前から納得のできる仕事ができなくなったら、店を閉めようと強く思っていたのです。
そんな時、入党することができとてもうれしく、今は月一度の支部での勉強会が楽しみです。支部の皆様が優しくて、何も知らない私に色々と教えてくださいます。自分のできる範囲で頑張りたいと思います。
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八月の党支部会議で、七月七日、ニューヨークでの国連会議での志位和夫委員長の発言のビデオを見せていただき、思わず号泣しそうになりました。日本共産党代表団が、国際赤十字、宗教指導者、学術研究者、被爆者団体…等々の方々とともに核兵器廃絶のために奔走してくださり、国連百二十二カ国の賛同をえられるまでに至る経緯を知り、うれしさと感謝で胸がいっぱいになり、涙がぽろぽろとこぼれました。
しかし、安倍さんはアメリカに追従して、唯一の戦争被爆国なのに会議に参加しなかった。安倍さんは危なくて、不安でいっぱいです。
安倍さんの改憲を阻止し、核兵器の無い、戦争の無い世界にしましょう。


(兵庫民報2017年10月22日付)

日本共産党への期待と共感

今、「ブレない共産党」「市民と行動する共産党」など、日本共産党に期待と共感の声が寄せられています。
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九条ネットで頑張っているOさんは、「今ほど政治不信に陥ったことはありません。希望の党は、『野党共闘の一丁目一番地が安保法制反対』だったが、安保法制は明確に容認であり、改憲も進めるというもの。自民党の補完勢力です。野党共闘に期待していただけにショックは大きかったが、大きな存在がありました。それは日本共産党です。筋を通す日本共産党にかじ取りをしていただくしかありません」「民主主義を貫く政党・人物をしっかり見極めることのできる人に育ちあいたいと思います」と訴えました。
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また、市民団体で活動しているHさんは、「集団的自衛権の行使を容認する安保関連法=戦争法は明らかに憲法九条違反です。憲法九条の理念を守ることはできないのです」ときっぱりと述べ、「市民運動を取り組む中で、国会の審議を見たり、様々な政治家の動向をニュースなどで知るようになりました。しかし、日本共産党の方ほどブレない信念を持っている方は、残念ながら多くはないと感じています」「貧困と格差を生み出す新自由主義の流れと、個人より国家を優先し、愛国心をあおり戦争を可能にしようとする流れから、私や私の三歳の子どもを守るためには、弱きもののため、社会福祉の分野で淡々とブレずに職人のようにたたかってくれる日本共産党がどうしても必要なのです」と期待の声を寄せました。


(兵庫民報2017年10月22日付)

憲法集会:神戸市は後援拒否


神戸憲法集会実行委員会は十月四日、神戸市役所で市行財政局と教育委員会事務局の担当者と話し合いました。この間、市は憲法集会などへの後援を拒否してきましたが、十一月三日開催の神戸憲法集会への後援申請に対する市の「不承認」通知に〝理由〟の記載がなかったことから、拒否の理由をただしたものです。
「不承認」とした理由について市側は、「憲法についての立場は『護憲』『改憲』があり、特定の立場にたっての集会となるので、後援すると神戸市がその集会に参加を勧めていると市民に誤解を与えてしまう」と回答。
これに対し、実行委員会側は「改憲・護憲の議論は憲法制定時からあったが神戸市が後援してきたこともある。なぜ、後援しないことに変化したのか」と問い、国が安倍政権(二〇一二年)となり、神戸市長も久元氏となった(一三年)時から「不承諾」に変わり、一四年二月五日付の市教委の不承諾「理由」に「『憲法』自体が政治的な要素を含むテーマである昨今の社会情勢に鑑み…」としていることをあげ、〝忖度〟で「総合的判断」をしたのではないかと追及しましたが、市側は無言でした。
実行委員会は、「本来なら神戸市自身が主催者となって日本国憲法の内容について啓蒙する集会を主催するべきだ。市がしないため市民が憲法集会をしているのが現状だ」と批判して、後援を強く要請しました。

神戸憲法集会―憲法施行70周年―いま日本国憲法は

11月3日(金・祝)13時30分/神戸市立西区民センター2階ホール/講演①「今、憲法9条を守ることの意義」小沢隆一(東京慈恵会医科大学教授)/講演②「新しい歴史をひらく核兵器禁止条約」梶本修史(兵庫県原水協事務局長)/文化行事:ゆがふバンド/☎078‐351‐0677、Fax078‐371‐7376


(兵庫民報2017年10月22日付)

亀井洋示「2017憲法9条合戦」



(兵庫民報2017年10月22日付)

ICANノーベル平和賞受賞機に核兵器禁止条約に調印させよう

梶本修史

核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞の受賞は、今年七月に国連で採択された核兵器を違法とする核兵器禁止条約の成立で「主導的役割を果たした」ことが評価されたものです。ICANは、二〇〇七年の創立以来、毎年の原水爆禁止世界大会、ビキニデー集会に参加しつづけ、国連要請行動やNPT(核不拡散条約)再検討会議などで被爆者、日本原水協と共同で行動してきました。記者会見でICANが、「被爆者と草の根の市民運動に与えられたもの」といえる壮挙です。
ノーベル賞委員会は、「北朝鮮問題の本質的な解決策への道を示した」と授賞決定を評価しています。ICANメンバーは、「衆院選のさなかで北朝鮮の問題や、日本の平和憲法の改正について議論されるが、ほとんどの政治家や候補者が核兵器禁止条約について沈黙している」と苦言を呈しました。
この機会に、唯一の被爆国でありながら交渉に参加しなかった日本政府はもちろん核保有国、核依存国を含めすべての国が、核兵器禁止条約に参加するように要求しましょう。日本政府に禁止条約を調印させ、米国と北朝鮮に対して「核兵器使用の威嚇は違法であり、条約を尊重して行動を控えるべきだ」と迫らせることが必要ではないでしょうか。
(兵庫原水協事務局長)


(兵庫民報2017年10月22日付)

県議会決算特別委員会(2):性暴力被害者支援改善へ

日本共産党・庄本議員に当局が約束



日本共産党県議団の庄本えつこ議員は、開会中の決算特別委員会の委員として連日奮闘しています。

性暴力被害者支援

「企画県民部」審査では、性暴力被害者支援について質問しました。
庄本議員は、性犯罪について「人格や尊厳を著しく侵害する悪質な重大な犯罪」とした刑法改正を受け止め、県の対策を強化するよう要求。県が支援の対象としている、警察に相談できない被害者だけでなく、警察に行ったものの被害届を出せなかった被害者も支援の対象として医療費助成等が受けられるようにすることや、県の相談窓口設置以前から被害者支援を担っているNPOを支援センターとして位置づけることなど、具体的な改善を求めました。県は、改善を約束しました。
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「健康福祉部」審査では、介護と国民健康保険の問題を取り上げました。

介護保険

介護については、尼崎市の特養ホーム・訪問介護事業運営事業者や、ケアマネージャーらからの聞き取り調査を重ね、現場の声を踏まえて質問。
二・二七%もの介護報酬引き下げや、国による利用料値上げ・「軽度者」外しなどの介護保険改悪により、利用者と事業者に大きな影響が出ていることをつきつけ、職員の処遇改善への支援、利用者負担の軽減などを具体的に提案しました。
また、「総合事業」について、利用者が、専門性をもつ介護職員による「現行相当サービス」が必要とされているにもかかわらず、参入事業者が少ないためにサービスを利用できない、内容も市町によって格差が生じていると指摘し、県が「必要な人には現行相当サービスが保障される」とのべてきたことと反する、と追及しました。
県は、報酬引き下げの影響で県内の事業所の利益率が悪化していることは認めましたが、利用者への影響は認めず県による支援強化も拒みました。

国民健康保険

国民健康保険では、現行の高すぎる保険料の引き下げが必要ではないかとただしたのに対し、県は以前の「所得に対して高すぎる」と認めた答弁をくつがえし、「払える保険料」だと強弁。
庄本議員は、県が高すぎると認めた当時から加入者の所得水準と保険料は変わっていないと反論したうえで、来年度からの国保県単位化を前に県が出した保険料試算について「結局どこでも引き上げになるということではないか」と追及。県単位化にあたって、市町が独自に繰り入れや独自減免を行うことを妨げないこと、県調整交付金に市町間で格差をつけないことや、県独自の国保事業費補助の維持・充実などを求めました。

温暖化対策と神鋼火力発電所

「農政環境部」審査では、地球温暖化対策と神戸製鋼石炭火力発電所増設問題について質問。
温室効果ガス排出は、産業部門が全体の半分程度を占め、中でも上位五十社がその六割を占めていることから、事業所ごとに総量規制の義務付けが必要だと追及。県の温暖化防止計画は二〇三〇年度までに産業部門で約千万トンの二酸化炭素の排出を減らすとしているのに、七百万トンも新たに排出する石炭火力発電増設計画そのものに無理があると指摘。データ改ざん問題が発覚したことから、神戸製鋼が公表した大気汚染物質の排出予定量のデータは信頼性がないとして、増設計画をすすめるための環境影響評価手続きは中止し、計画そのものの停止を同社に求めるよう迫りました。
県は、環境影響評価に関しては「委員の指摘通り」と認め、延期すると答弁しました。


(兵庫民報2017年10月22日付)

原発事故から6年半の福島を訪ねて

川崎 環(神戸市西区)

十月八日から三日間、職場のOB会の福島ツアーに参加しました。これまでも東日本大震災後に、避難者健診や現地の放射線量測定に関わってきた東神戸診療所の郷地秀夫医師の紹介で、飯舘村、浪江町の方に現地を案内していただきました。

飯舘村役場前の線量計

私自身は3・11の年に石巻や気仙沼を訪ねていったことはありますが、福島は初めて。原発事故がもたらしたものを、この目で確かめたかったのです。総勢十一名で飯館村、浪江町に入り、大熊町では副町長から説明を受け、最終日はいわき市で放射線量測定に取り組んでいるNPO法人を訪ね、最大の原告団を擁する福島生業訴訟判決を見てきたのでした。

Kさんの家の入り口

浪江町のKさんの家を訪ねました。放射線量が高い帰還困難区域なので、このエリアに入るにはスクリーニング場で防護服着用、出るときに靴の線量を計測されます。
リフォームがあともう少しで完成、という時点で大震災、原発事故が発生。真新しいキッチンがそのまま残されていました。他の家や商店も、震災直後のまま。窓や戸を割られ、泥棒が侵入した家屋、イノシシがミミズをとるために掘り返した田畑や土手など、人がいなくなるとこうなるのか、本当に胸が痛む光景でした。

福島第1原発を望む

ワゴン車で大熊町に移動し、車内にいるのに線量計が突然アラームを発する、そんな地区を抜け、高台にあるもと老人ホームの庭先から福島第一原発を見ると、建屋が吹き飛んだ三号機がはっきり見えました。広大な田んぼはセイタカアワダチソウとススキに覆われるか、除染の黒いフレコンバッグ、メガソーラー発電の太陽光パネルがズラリと並んでいるのでした。
最終日の十日は、いわき市で食材の放射線量測定や子ども保養ツアー等に取り組んでいるNPO法人を訪問。女性ボランティア中心に、お母さん方の不安に応える活動をされていました。

福島地裁前

そして午後、福島地裁前に。数百名が待機する二時過ぎ、「勝訴」の幕が高く掲げられるといっせいに「やった!」と歓声があがりました。案内してくれたKさんも来ていて、「よかった!」と手を握りしめました。
わずか三日間の訪問でしたが、暮らしを壊され、再建の見通しのない故郷に思いをはせる現地の実情を垣間見ることができました。今後も機会あるたびに、福島を訪れたいと思います。


(兵庫民報2017年10月22日付)

大飯原発再稼働反対! HYOGO ACTION


11月11日(土)14時30分~16時20分、少雨決行/波止場町緑地(神戸市中央区波止場町1‐4)/アピール:中嶌哲演(妙通寺住職・原発設置反対小浜市民の会事務局長)、原発避難者から裁判支援の訴え/LIVE:制服向上委員会(社会派アイドルユニット)、影法師(山形県在住叙事詩派フォークグループ)/集会後にデモ/☎078‐335‐3770


(兵庫民報2017年10月22日付)

増川宏一「支配階級と遊び」 (下)


(兵庫民報2017年10月22日付:この記事は新聞版でお読みください)

兵庫山河の会「山河」78号より

この選挙日本の命運かかってる改憲勢力打ち破るべし
 西澤 慎

三分の二維持不可能の自公見て小池新党助太刀に立つ
 古賀 哲夫

矜持なく志なき政治屋が恥知らずにも徒党を組みたり
 山下  勇

核のなき世界へ転機やっと来る核兵器禁止世界の規範に
 岸本 守

ミサイルに安全なる場所あるやなしまして誤作動ジェイアラートよ
 山下 洋美

駅までの銀杏並木苦もなくて駆けたる日あり若き日々あり
 古賀 悦子

今日からは八十路の坂を一歩づつ手のとどく上常にめざして
 石井 敏子

住吉の川を下れば倚松庵色なき風に萩のこぼれる
 古谷さだよ

今年また母の植えたるヒガンバナ彼岸に咲きて母蘇る
 鵜尾 和代

コスモスの迷路で遊ぶ吾子たちの道案内は空のお日様
 高木 庸子

久々の友の便りはボランティア活動の日々手にとるように
 新井 幸

バスの中線量計の音激し富岡町はついに〇・七一
 塩谷 凉子

復興住宅兵庫からと訪ね行く 驚きの顔 涙ぐめる目
 安武ひろ子


(兵庫民報2017年10月22日付)

向井華奈子モダンダンスリサイタルⅡ

2012年11月のリサイタルⅠより(撮影:中野良彦氏)

藤田佳代舞踊研究所ソリストによるリサイタル、向井華奈子さんの五年ぶり二回目の公演です。
新作に安部公房の「砂の女」をモダンダンス作品として発表します。砂穴の家から脱出を試み、最後にはその環境を受け入れるというストーリーに現代を重ねて作品化されました。閉じ込められる男として貞松・浜田バレエ団総監督の堤悠輔氏がゲスト出演します。
再演の「HANANA/再生の花」は今年三月に福島県白河市を訪れ、被災地の事実を深く留めておきたいと上演を決めたものです。藤田佳代作品「沈黙を破って」は「具体」正延正俊の絵画に触発され領土問題を考えた作品。「破れた世界で」は様々な問題あふれる生きづらい世界で何かをつかもうとします。
向井華奈子モダンダンスリサイタルⅡ
藤田佳代舞踊研究所モダンダンス公演/11月18日(土)17時30分開場・18時開演/神戸ファッション美術館オルビスホール/前売3,000円、当日3,500円/問い合わせ☎&Fax078‐822‐2066、http://www2s.biglobe.ne.jp/~fkmds/



(兵庫民報2017年10月22日付)

観感楽学

わずか六歳にして「雪の朝二の字二の字の下駄のあと」の句を詠んだのは田捨女。丹波・柏原の出身で正岡子規は「元禄四俳女の一人」としています。子育てを終え四十六歳で仏門に入り播州・網干の龍門寺に庵を結びそこで六十六歳の生涯を終えます。龍門寺と言えば日本仏教会の会長もつとめられた河野太通さんが住職。彼女の墓は同寺にいまもまもられています▼その彼女の句の一つを紹介し、どんな月か考えて欲しいというのは坪内稔典さん。「いつかいつかいつかと待ちし今日の月」。いつかが三回かさなるので十五日。一方、われらが一海知義先生は十五夜をうたう有名な漢詩として白楽天の七言律詩を解説。「三五夜中 新月の色 二千里外の故人の心」。さんごは十五、新月は昇ったばかりの月、故人とは親友の意▼陰暦八月十五日、中秋の名月をかたや自分の恋人のようにうたい、かたや左遷され遠く離れた友人を思うよすがにする、そして日本は足し算で中国はかけ算でと、十五夜を表現するそのひねり方の違いにも嬉しくなります▼でも田捨女の「今日の月」や白楽天の「三五夜の新月」がはたして満月だったのか、変な心配もしてしまうのですが。(T)


(兵庫民報2017年10月22日付)

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